第114話 農民、今日の予定を考える
「でも、なかなか、良い品質の傷薬を作るのって難しいですね」
「そうですね。私も半日ほどずっと傷薬を作っていましたけど、一番上手に作れたもので、ようやく品質が5の物でしたね」
それも偶然です、とハヤベルさんが苦笑を浮かべる。
うまく行った時と同じ条件で、何度も『調合』を繰り返したにもかかわらず、『品質が5』の壁を越えたのは、それひとつっきりだったのだそうだ。
ふうん?
まあ、手作業でやっている以上は、最初のうちは品質にばらつきが出て来てしまってもしょうがないのかね?
というか、俺もさっきからずっとチャレンジしてるんだけど、未だに品質が4以上になったことがないし。
ハヤベルさんの場合、『調合』のスキルを持っているから、案外、その時点ですでに差があるのかも知れないけどな。
一緒に作業をしているルーガも大体が品質2か3ばっかりだし。
うーん。
傷薬自体を作るのは難しくないけど、良く効く傷薬を作るのは、なかなか難しいってことなのかも知れないな。
「あ、セージュ。材料がきれた」
「あー、そっか。『ミュゲの実』がもうないな。仕方ない、ルーガ。傷薬作りはひとまずこれで終わりにしよう」
「うん、わかったよ」
まあ、俺とルーガのふたりで作った分で、大分傷薬が確保できたな。
もっとも、品質は1から3までばっかりだけど。
当面は自分たちで使う用、って感じだろうな。
「さすがに、今日始めて、いきなり『調合』のスキルが生えたりはしないなあ」
「そもそも、わたし、スキルが生えるってのがよくわからないよ?」
そういえば、ルーガはまだスキルなしのままか。
少なくとも『調合』の作業の手際とか見ても、それなりに、生活に必要な技術とかは身につけている感じも受けるんだけど、なんで、スキルを覚えないんだろうな?
狩人として、弓でモンスターを狩ったりとか、そのモンスターを解体したりとか、山で山菜とか色々と採取したりとかは、日常的にしていたのだそうだ。
となると、スキルって経験だけだと覚えないってことか?
それは俺たち迷い人とルーガたちとの違いなのか、それとも別の要因が絡んでいるのか。
まあ、情報が少なすぎて、判断のしようがないんだけどな。
俺が知ってる例だと、ファン君が『ゴーレム語』を取得したのと、俺が地下通路を歩いていた時に『暗視』を覚えたののふたつだけだし。
後は、武技とか魔技に関しては、使い方によって追加されるケースもあったけど、スキルそのものが増えたわけじゃないしな。
そういえば、カミュから『身体強化』の付与をしてもらったのもそうか。
あ、そうだ。
俺、監督官として、ルーガに合格を与えたけど、その場合って、『身体強化』に関してはどうなるんだ?
その辺の条件については、詳しく載ってなかったよな?
あれって、カミュに聞けばいいのかな?
「そういえば、ハヤベルさんは『身体強化』の付与って受けました?」
「あ、いえ、それはまだですね。ですが、後で教会に行って、カミュさんがいらした時に頼めば、付与して頂けるとは聞きました。私がクエストを終えて、教会へとうかがった時は、あいにく外出中で、この町から離れた場所にいたみたいですね」
「なるほど、そうだったんですね……となると、ルーガに関しても、カミュと会った時に聞いた方がいいのかもな」
「セージュさんは、カミュさんと面識があるんですか?」
「ええ。面識も何も、冒険者ギルドのチュートリアルクエストの監督官でしたから。俺が冒険者ギルドに行った時に、他の目ぼしい冒険者の人がいなかったので、それでカミュが担当になったんですよ」
まあ、そのおかげで、色々と変なことに巻き込まれるようになったんだけどな。
うん?
よくよく考えると、俺の運が悪いんじゃなくて、これって、カミュと知り合ったからじゃないのか?
「そうでしたか。すごいですね。たぶん、『けいじばん』で最も有名な、こちらのゲームの中の方ですしね」
「見た目とは違って、けっこう豪快な性格してますけどね」
未だに、年齢とか、どういう能力を持ってるのか謎だし。
世界中あっちこっち飛び回ってるって話だから、巡礼シスターって、外交官みたいな役割も持ってるのかね?
正直、宗教がらみの話はよくわからないんだよな。
それはそれとして。
さすがにもう一度、カミュに会いに行った方が良さそうだな。
ルーガの件もそうだし、他の町の農業についてもわかる範囲で話を聞いておきたいし。
とりあえず、今日、これからやるべきことを考える。
冒険者ギルドに行って、農作物の種とかを買って来る。
キャサリンさんのお店で農具をチェックする。必要だったら即購入。
畑を耕す。
教会に行って、カミュに会って来る。可能なら、ルーガに『身体強化』を付与してもらう。
『調合』用の素材の採取。
時間があったら、今ある素材で色々と『調合』を試してみる。
『大地の恵み亭』でスープを飲む。
ぷちラビットから油が採れるか試す。
革工房に行って、ラースボアの皮から油が採れないか試す。
ルーガとなっちゃんのクエストを進める。
うーん……もうすでに大分いっぱいいっぱいだけどなあ。
それプラス、考慮すべき分は、と。
『鍛冶』修行は、ペルーラさんからの通達待ち。
魔法屋探し。何とか、土魔法の『耕す』系の魔技をゲット。
代えの衣類の購入。
その場合、キサラさんの工房か、キャサリンさんのお店、どっちがいいか検討。
町のごみに関するチェック。
魔道具を使って、お湯を沸かすのを試してみる。
他のテスターとの交流。
サティ婆さんに『暗号学』と『文字』について教わる。
まあ、他にも色々あるだろうけど、ひとまずこんな感じかな?
やっぱり、大事なのは畑関係かなあ。
どのくらいの早さで作物が育つのかとかわからないし、時間がかかるなら、早いうちから始める必要があるだろうしな。
あと、クエストを利用して、町の人を畑仕事で雇ったりとか。
その辺もちょっと検討する必要があるだろう。
そのためにも、どういう作業が必要で、どのくらいの人手が必要かとかも考えないといけないだろう。
採算が合わないと、まずいしな。
「うーん……」
「セージュ、何悩んでるの?」
「いや、これだと、家にいる時とあんまり変わらないなあ、と思ってさ」
むしろ、親父とかに任せている部分も自分で考える必要がある分、家にいる時よりも面倒くさいことになってる気がするぞ?
まあ、いいや。
あんまり、深く考えすぎるのはやめよう。
これもゲームだ。
素材とか、食材を作らないと先に進めないわけだしな。
誰かがやらないといけないなら、職業が『農民』である以上、俺が適任だろうし。
「セージュの家って、畑持ってるの?」
「まあ、それなりにな」
「そうですよ、ルーガさん。私たちの住んでいるところでは割と有名ですよ? 私も食べたことがありますもの、セージュさんのご実家で作られているお野菜」
『樹農園』さんで作っているお野菜のジュースは美味しいです、とハヤベルさんが笑顔でルーガに伝えてくれた。
あ、そうなのか?
カオルさんも知ってたみたいだけど、ハヤベルさんもか。
へえ、親父も頑張って、あちこちに卸してるんだな。
知らぬは、家族ばかりなり、って感じだ。
まあ、そうなると、俺も頑張らないとなあ。
ゲームで手抜きしたりして、それで実家の評判まで下がったりしたら、大変なことになるし。
さすがに、親父どのがブチ切れるだろうしな。
「じゃあ、この辺を片付けたら、そろそろ動くか。もうじき、冒険者ギルドの方も開く時間だしな」
「うん、わかった」
「あの、セージュさん。私も後で畑の方にうかがってもいいですか? こちらの世界の畑がどうなっているのか興味があるんですよ」
「あ、いいですよ。場所だけとりあえず教えておきますね」
ハヤベルさんに畑の場所を説明して。
そんなこんなで、俺たちは出かけるために、サティ婆さんの家のキッチンの後片付けを始めるのだった。




