第113話 農民、調合に挑戦する
「おはようございます、セージュさん、ルーガさん、なっちゃんさん。今日は随分と、お早いですね」
「あっ、おはようございます、ハヤベルさん。朝食のスープはもう温めてますよ。鍋からよそえば、そのまま飲めますよ」
「おはよう、ハヤベル。お腹空いたから、もうスープは食べちゃったよ」
「きゅい♪」
サティ婆さんの家での台所で、『調合』の練習をしていると、ハヤベルさんが寝室から起きてきたので、あいさつする。
他のふたりの同居人はまだ眠っているようだな。
眠るっていうか、ログインしていないっていうか。
テスターのお仕事も、今日で四日目ということもあって、大分、ライフサイクルにも個人差が現れてきたようだな。
さっき、サティ婆さんと話した時に、ヴェルフェンさんとダークネルさんのふたりが、夜中に出かけて行って、夜遅くに眠りについたようだ、ってことを聞いたし。
どうやら、ちらほらと、夜の散策とかに出かける人も出てきたらしいな。
俺の場合、日付を跨ぐまでは、魔法が使えなかったので、早々に休んでしまったけど。
夜の冒険ってのも面白そうではある。
ルーガとなっちゃんが一緒だけど、タイミングがあったら、夜出かけてみるのも悪くはないよな。
たぶん、昼間とは違うモンスターとかとも出会えるだろうし。
それはそれとして。
早朝のビーナスのお世話を終えた俺たちは、ひとまず、サティ婆さんの家へと戻ってきた。
一応、夜明けの時間になって、少し明るくはなってきたものの、町の中は、ほとんど寝静まった状態で、どこに行くって感じでもなかったしな。
東西の門も、この時間だとまだ閉まっているようだな。
確か、『けいじばん』でヤマゾエさんが言ってた話だと、深夜になると外から戻ることはできても、町の外へは出してもらえなくなるのだとか。
もちろん、『自警団』とかのクエストがらみなら別みたいだけど、基本は夜間の出入りは推奨されてないそうだ。
まあ、門番の負担も大きくなっちゃうから、仕方ないんだろうけど。
あんまり、遅い時間に帰って来ると、それはそれでお説教みたいだし。
なので、そのまま、サティ婆さんの家に帰宅することになった。
一応、『結界』の外の畑を見に行くって選択肢もあったんだけど、そっちは、まだ種芋とか野菜の種とか買ってなかったので、行ったところで、事前準備ぐらいしかできなかったしなあ。
それに、ルーガとなっちゃんもお腹が空いていたらしいので、結局先に朝ごはんの準備をすることになったのだ。
サティ婆さんの家の場合、朝ごはんは夕食の残りを温めるだけだ。
もうすでに、サティ婆さんも起きて身支度をしていたので、そこで話をして、そのまま、朝食のお手伝いをしたってわけだな。
『随分と早起きだったねえ』
そう、サティ婆さんに笑顔で言われてしまった。
ここ数日は、ログイン時間がゆっくりめだったしなあ。
おや、めずらしい、って感じに受け取られたらしい。
ちょっと外で身体を動かしてきたせいで、お腹が空いたことを伝えると、『それじゃあ、早めの朝ごはんにしようかね』という感じだったし。
というわけで、俺たち三人とサティ婆さんで、スープを飲んで。
後は、俺宛てに、メールがまとまって届いたので、そっちを処理して、その後で、昨日は疲れからできなかった『調合』の練習、というわけだな。
メールに関しては、早朝から朝に切り替わるタイミングで届くみたいだな。
ログアウトした後の分は、そんな感じで、朝ごはんを食べ終わったタイミングでまとまって届いたし。
メールに関して、ステータス画面が現れるのも、朝だけのようだ。
それ以外は、自分からステータスのメールのところをチェックしないと、届いていることに気付かなかったりもするので、それなりに注意が必要だな。
フレンド通信は、その都度メッセージが現れるみたいだけど。
そんなこんなで、ざっくりとメールで情報のやり取りもした。
テツロウさんたちには、畑が何とかなりそうなことも伝えておいたし、十兵衛さんや、ファン君たちにも、こっちの現況とかを報告しておいた。
もちろん、話せないことに関しては触れてないけどな。
ビーナスとか、地下通路とかについては、教えられないし。
それに、ラルフリーダさんの家がらみのこともだな。
そんなわけで、とりあえずは『畑が借りられた』ってのが、一番大きな情報だろうな。
一応、念のため、『けいじばん』に載せるかは保留にしてる、とも伝えておいた。
俺とフレンドコードを交換している相手限定のここだけの話ってやつだ。
そっちは、俺からの情報だが、逆に色々と新しい話とかも教えてもらえた。
テツロウさんは、北の森の鳥モンスターにチャレンジしたんだけど、結局、あと一歩のところで逃げられてしまったそうだ。
どうやら、その鳥って、体力的にピンチになると空を飛んで逃げるらしく、『もうちょっとだったのに!』という悔しそうなコメントも一緒になっていた。
うん。
なかなか、新しい素材は難しいらしいな。
十兵衛さんは、昨日のメールの続きの話がちょっとだけ触れられていた。
森の中であった変な熊さんと戦っていたら、もっと変なモンスターが現れたので、色々あって、結局、その熊さんと共闘したのだそうだ。
その後、意気投合したとか何とか。
……というところで、メールが終わっているので、結局、何のことだかさっぱりだよな。
そういえば、昨日から十兵衛さんの姿を見かけてないよな。
もしかすると、夜通しで森の中にいるのかもしれない。
確か、エルフって、食事取らなくても大丈夫だって話だし。
十兵衛さんの性格を考えると、延々と戦い続けているってのも考えられるぞ。
無茶して死に戻らないといいんだけど。
ファン君やヨシノさんたちは、リディアさんのコテージに泊まったそうだ。
昨日の夜に、『酒場で歌を歌うクエスト』も達成したらしく、そのおかげで、ファン君が酒場のちょっとした人気者になったのだとか。
また、定期的に歌を披露してくれって、クエストが連続して始まったらしいな。
ただ、その際に、酒場の酔っ払いがファン君に触ろうとして、リディアさんの能力で思いっきり吹っ飛ばされたとか、そういう一幕もあったみたいだけど。
まあ、護衛が強いと、ある意味安心だよな。
ファン君、やっぱり華があるというか、そういう雰囲気があるから、その辺は気を付けないといけないだろうし。
後は、ユミナさんが新しいスープについて詳しく教えてくれたり、メルクさんから、昨日売った分のラースボアの素材についての進展とかの情報が届いたりとか、その他にも、カオルさんとかの近況メールなども届いていた。
うん。
やっぱり、テスター同士の横の連携って大事だよな。
特に、生産職の人たちの頑張りを見ると、こっちも色々と手伝えることは手伝いたいって思うしな。
そう考えると、俺の方も『調合』とかには熱が入るってもんだ。
とりあえず、手始めにサティ婆さんから教わった基本的な傷薬の『調合』から試してみた。
一応、ルーガも興味深そうに見ていたので、一緒にやってみた。
何せ、この家にルーガも泊まるのが許されたのも、『薬師』の弟子入りも兼ねてだったからなあ。
サティ婆さんから、泊まる条件として、そう言われてしまったのだ。
ちなみに、なっちゃんは俺のテイムモンスターって扱いなので、そういうのとは関係なく、ペット枠って感じだったけどな。
とは言え、なっちゃんも例の土魔法で生み出した『手』で作業みたいなことはできそうなので、俺が『調合』に慣れてきたら、そっちの作業を手伝ってもらうことになった。
何となくだけど、俺が身振り手振りで伝えると、なっちゃんにも俺が言っていることが少しずつ通じるようになってきたのだ。
そっちもクエストがあるから、なっちゃんに『言葉』で話しかけ続けるってのも大事だしな。
とりあえず、そうこうしているうちに、俺も自分の傷薬を作ることができた。
パクレト草とミュゲの実の比率で、多少の品質の差はできたが、大体は傷薬のカテゴリーの中に納まった感じかな。
材料を丁寧にナイフで刻んで、それらを火にかけて、じっくりと煎じていくのだ。
ここで意外とポイントになったのは、その際に加える水分量だ。
サティ婆さんは水をほとんど加えていなかったんだけど、どうやら、あの『調合鍋』にも事前に仕掛けが施されていたらしく、同じような手順で水を加えずに作業をすると、できあがった丸薬が少し焦げてしまったのだ。
昨日どうして、ハヤベルさんが井戸水を加えて分量を色々調べていたのか。
その理由が俺にもよくわかった。
ちなみに、焦げた傷薬と、水を加えて焦げないように炒った傷薬は以下の通りだ。
【薬アイテム:丸薬】傷薬 品質:1
傷を癒す効果のある丸薬。飲み薬。ただし、味の方は一切保証しない。残念ながら、全体が焦げてしまったため、品質は低い。辛うじて失敗作手前。
【薬アイテム:丸薬】傷薬 品質:3
傷を癒す効果のある丸薬。飲み薬。ただし、味の方は一切保証しない。
うーん。
やっぱり、焦げると著しく品質が低下するらしい。
いっそのこと鍋肌に油でも流し込んだ方がいいかとも思ったんだけど、よくよく考えると、こっちで油ってのはあんまり見かけたことがなかったことに気付いた。
ぷちラビットの肉もほとんどが赤身だし、蛇の肉も油って感じのものは採れるのかね?
かなり筋肉質というか、淡泊な感じだったので、そっちも微妙だよな。
となると、油脂が採れない以上は、教会のバターが頭に浮かぶんだけど、そっちはそっちで、個人に対して販売してくれるのかね?
確か、テツロウさんが、ある程度、教会からの信頼度をあげないと、取り引きまでは難しいとか言ってた気がするし。
とりあえず、そんなことを考えながら、試行錯誤していたところに、ハヤベルさんが起きてきたというわけだ。
あ、そうだ。
ハヤベルさんなら、油のことを聞いてもいいか。
「ハヤベルさん、ちょっと『調合』について相談してもいいですか?」
「あ、はい。私に答えられることでしたら」
「ありがとうございます。あの、俺、作業中に何度か、薬を焦がしちゃったんですよ。なので、最初に油とか敷いた方がいいのかな、って思いまして」
さっきまでの流れをハヤベルさんに説明する。
すると、ハヤベルさんが小首を傾げて。
「セージュさんがされたように、少量の水を使って、火力を抑えれば、焦げないとは思いますよ? それではいけませんか?」
「ええ、俺もそう思うんですが、サティ婆さんが実演の時に水を加えてなかったじゃないですか。もしかすると、水を加えない方が、品質があがらないかと思いまして」
あの時のサティ婆さんの薬は品質が7だった。
そして、水分はミュゲの実の汁だけだったのに、焦げずに完成した。
だからこそ、その辺に鍵があるような気がするのだ。
「あ、そうですね。試してみる価値はありそうですね」
「ハヤベルさん、油のようなアイテムって、どこかで見たことあります?」
俺が思いつくのはバターぐらいですけど、と言うと、ハヤベルさんが、おや? という顔をした。
「油であれば、何でもいいのですよね? でしたら、ぷちラビットの油はどうでしょう? 向こうでは『うー油』って呼ばれている油があったと思いますよ」
「『うー油』ですか?」
え? そんなのあるの?
俺、野ウサギをさばくことはあったけど、うさぎから油を採るってのはあんまり聞いたことがないんだけど。
「はい。肌つやが良くなるそうで、化粧品としても使われてますよ。後はそうですね、蛇の表面にも潤滑油があるそうですよ? まだ研究段階で、採取が難しいようですが」
「へえ、そうなんですか?」
「みたいですね。こちらの蛇は大型ですから、ちょっと試してみるのもいいかもしれませんね」
なるほど。
というか、すごいなハヤベルさん。
さすがは薬科大生だけあって、色々と知ってるよな。
うさぎに関しては、俺の方が身近なつもりだったけど、『うー油』なんて、存在自体も知らなかったぞ。
わずかな脂身の部分を集めないといけないので、効率が悪そうだけど、ちょっと試してみる価値がありそうだな。
この町の周辺だったら、ぷちラビットがいっぱい再ポップするみたいだし。
ハヤベルさんの提案に、感心しながら頷く俺なのだった。




