第112話 農民、ビーナスの言葉に驚く
「あ、そういえば、ビーナスって、自分のつるで服みたいなのも作ることができたんだな?」
なっちゃんを撫でながら、そう、つぶやく。
昨日は上半身裸って感じだったビーナスが、今日再会した時には、細いつるで編み編みした感じの服を身に纏っていたのだ。
ちょっと見は、緑色の毛糸で編んだ半袖のセーターのようにも見える。
「ふふん、そうよ。マスターにとって目の毒だからって、ラルさまとかノーヴェルさんにそうしろって言われたの。こういうの、あんまりやったことなかったから、すんごく大変だったんだから」
「そうなのか」
すんごく、ってところをもの凄く強調した感じでビーナスが胸を張った。
何でも、畑のリフォーム作業よりも、そっちの方に時間がかかったのだとか。
『人化』状態で、自分の身体で服まで再現できる種族も、モンスターには多いらしいけど、元から、半分人間みたいな、ビーナスたち、マンドラゴラの場合、そういうことはあんまりできないらしくて、結局、伸ばしたつるを加工して、服のようなものにしたのだとか。
なるほど。
随分と大変だったみたいだなあ。
「それじゃあ、この緑色の服もビーナスの身体とはつながってるのか?」
「今のところはね。でも、ブチッってやっちゃえば、切り離すこともできるわよ。ちょっと痛いけどね」
「あ、やっぱり痛いのか」
「まあ、痛いって言っても、地面から引き抜かれるのと比べると大したことないけど。つるの場合、わたしの意志である程度は、痛みもなく、生えた分を抜き去ることもできるし」
ビーナスの話だとそういう感じらしい。
魔樹系のモンスターにとっては、身体の一部を切られるよりも、地面から抜かれる方が苦しくなってしまうのだとか。
人間に置き換えてみると、鼻と口を塞がれて、呼吸をできなくされたような感じの苦しさに近いというか、そんな感じらしい。
要するに、痛いっていうよりも、苦しくて身の危険を感じる、と。
それに比べると、切り傷とかは、『自己治癒』で癒すことができるので、そこまで深刻って感じでもないとのこと。
「編み方を教えてくれたのはノーヴェルさんよ。ラルさま、実は、そういう何かを作るのってあんまり得意じゃないみたい」
「へえ、そうなのか?」
ふうん、イメージ的には逆みたいな感じがするけどな。
てか、ノーヴェルさん、編み物とかできたのか。
会った時からのイメージで、何となく、戦闘系のが得意っぽい感じがしたんだが。
話を聞いてみると、あの人、意外とビーナスの面倒とかも見てくれているそうなのだ。
「ラルさまと一緒に時々様子見に来てくれたし、その時に、お水とかもかけてくれたわ」
「へえ。まあ、ビーナスがうまく打ち解けてるみたいで、良かったよ。俺、会うたびに、睨まれる感じだしなあ」
「それはしょうがないんじゃないの? ラルさまを護るって考えたら、今のマスターって、ちょっと近づけたくないでしょうし」
「へっ!? 何でだ?」
え? 俺、ラルフリーダさんとは問題なく付き合えてるよな?
一瞬、ビーナスが呆れ顔をしている理由がわからなくて、驚く。
「わたしが触らないで、って言ってるのと、同じ理由よ。今のマスターって、ラルさまと触れあったりしたら、どういう風に作用するのかわからないもの」
「どういうことだ……? あ、もしかして、ラルフリーダさんって、植物系の種族ってことか?」
「そうよ。というか、会ってみてわからなかったの、マスター?」
「いや、俺、そこまでこっちの種族とか詳しくないし……」
そういえば、魔樹系統のモンスターには強いとか、フィルさんも言ってたか。
確かに髪の色とかも綺麗な緑色だし。
でも、エルフも植物系だけど、そっちの特徴はほとんどないしなあ。
さすがに、それだけじゃ気付けないって。
せめて、『鑑定眼』とか使っていたなら別だけど、失礼にあたるって聞かされた以上は、領主相手にそういうことはできなかったし。
ビーナスにしてみれば、出会った時点で一目瞭然だったらしい。
その辺は、植物系同士の感覚だと思うけど。
現に、ルーガとかに聞いてみても、『わからなかった』って答えが返って来たしな。
「じゃあ、ノーヴェルさんが警戒してるのって、『緑の手』ってことか?」
「間違いなくね。どうせ、マスターが不用意になにかしようとしたんでしょ?」
「いや、不用意に、って……あ、待てよ?」
そういえば、俺が最初に床に押し倒された時って、その前に、ラルフリーダさんと握手しようとした時か。
あの時は、そんなに気にしてなかったけど、どっちかと言えば、慌てて止めに入ったってのが真相だったらしい。
いや、それなら、はっきりとそう言って欲しかったんだが。
カミュもグリゴレさんも、男嫌いとしか言わないから、てっきりそっちが原因だと思うだろうが。
「もしかして、ラルさまって、自分の種族を隠してるのかしら?」
「そういえば、俺も聞いてないけど?」
だとしたら、ちょっとまずかったかも? とビーナスが首を傾げる。
自分が気付いたことは仕方ないけど、それを俺に伝えたのはよくなかったかもしれない、と慌てて、考え直したようだ。
「そうね。マスター、今、ここで聞いたことは忘れなさい」
あ、出た。
必殺、『聞かなかったことにしてくれ』、だな。
代わりに、ちょっとだけ、苔を持ってっていいから、とビーナス。
なんか、脅迫と収賄を一緒にされてる感じだよな。
まあ、くれるっていうならありがたくもらっておくけどな。
それに、向こうから言われる前に、下手に深入りすると、もっと面倒なことになりそうだし。
「あ、そういえば、ビーナスの苔って、すごいんだってな?」
昨日、サティ婆さんがびっくりしていたことを伝える。
「そうよ! わたしはすごいのよ。あっちの『山』でも、一目置かれる存在だったんだから。なのに、マスターってば、いきなり引っこ抜くわ、そのまま抱きかかえるわ、何か好き放題って感じ?」
ああ、思い出しただけで恥ずかしくなってきたわ!
そう言って、ビーナスの顔が少し紅潮する。
あんなこと、『山』でもされたことない、って。
いや、あの時は緊急時だったんだから仕方ないと思うんだが。
そもそも、ラルフリーダさんに間に入ってもらうまで、言葉も通じなかったんだから、どうしようもなかっただろうし。
「いや、それは、ビーナスもおかしかったんだから、仕方ないだろ。今はちゃんと話が通じるんだから、嫌がることはしないさ」
もちろん、苔を勝手に持って行ったりとかもしないし。
そういうのって、苔というか、素材目当てで仲良くしているような感じで、なんか嫌だから。
親しき中にも礼儀あり、ってやつだ。
「そうね……まあ、マスターのそういうとこは嫌いじゃないわ。ふふ、さあ、これからもしっかりとわたしの世話をするのよ!」
それがマスターの務めよ! とビーナスが誇らしげに笑う。
どこか現金な感じな彼女の態度に苦笑しつつ。
こういう雰囲気は悪くない、と思う。
「わかったわかった。これからも頑張るよ。あ、そうだ。この光を発する魔道具だけど、どうする? ビーナスが自分で好きに使えるように置いて行こうか?」
ルーガは魔法のコントロールがうまくいかなくて、上手に使えなかったけど、一応、なっちゃんでも発動させることはできたし、いくつか魔法系のスキルも持っているビーナスなら、使いこなすことができるだろうし。
まあ、魔道具は高価だけど、ビーナスなら、絆つながりがあるから信用できるし。
「そうね、ちょっと試したいことがあるから、使わせてもらうわ。無茶な使い方で壊したら後で謝るわね、マスター」
「いや、壊すなよ」
前言撤回。
どういう使い方するつもりだよ?
壊れること前提で話すビーナスに突っ込みを入れつつ。
扱い方について再度注意してから、魔道具を渡して。
そんなこんなで、俺たちはビーナスの畑を後にするのだった。




