第111話 農民、緑の手について聞く
「セージュ、お水が空になったよ」
「わかった、ちょっと待ってな」
せっせとビーナスの本体と苔、それぞれに水遣りをやっていたルーガが、魔道具の青いジョウロを持ってやってきたので、俺はそれに自分の魔力を使う。
そうすると、からっぽだったジョウロの中にゆっくりと水が溜まっていくのだ。
この、水の魔道具はそういう風に使うものらしいな。
水を生み出す時には魔力を使うけど、溜まった水に関しては、誰が使っても問題ないようなのだ。
なので、俺が水を生み出して、それを使ってルーガが水遣りをする、というルーティーンができあがっていた。
一応、ルーガ自身は魔法は上手に使えなくても、身体には魔力が流れてはいるらしくて、ちょびっとずつではあるけど、自分の魔力でジョウロを使うこともできなくはなかったんだけど、全然水が溜まらなくて、効率も悪いので、結局この方法になったというか。
ルーガの消耗もあるようで、やはり、スキルの補助なしでの魔力のコントロールってのはそれなりに難しいというのに気付かされた。
もちろん、アイテムとして使うと、魔石を消耗して水を出すこともできるんだけど、注意書きにあったように、使いすぎると魔石が砕けてしまるかも、ってのはやっぱり、ちょっとおっかないのだ。
それなりに購入するのにお金もかかったし。
そういうわけで、最初のうちは無難な使い方をしているというか。
まあ、ルーガも自分のお仕事ということで一生懸命だし、特に問題はないか。
あ、そうだ。
「なあ、ビーナス、この水で大丈夫か? 一応、魔道具で作りだした水なんだけど」
「ええ。普通の雨水とか、地下水とかとはちょっと違う感じだけど、むしろ美味しいから、嬉しいわよ」
「美味しいのか?」
あれ?
やっぱり、普通の水とは少し違うのか?
品質に関しては、道具屋で売っていた魔道具でもあるので、変な水を生み出したりとかしないだろうし、念のため、俺も一口飲んでみたんだが、こっちの世界で飲める普通の水って感じの味だったと思うんだが。
まあ、冷蔵庫で冷やしたミネラルウォーターって感じじゃないから、それなりにはぬるいけど、味としては、実家の方の水とそんなに変わらないと言うか。
だから、普通の水だと思っていたんだが。
ビーナスにとっては、美味しく感じる水らしい。
「そうよ。何となく、『治癒』も使いやすくなってるし、わたしの身体にも染み渡る感じで、元気になっていくみたいだもの」
「へえ、そういうものか?」
ビーナスが『元気』ってことは、魔素とかも含まれているのか?
まあ、魔法で生み出した水だしなあ。
あれ? でも、サティ婆さんの話だと、水魔法で水を生成した場合、周囲の水を移動させるのと違って、不純物がほとんど混ざらないって聞いてたんだけど。
どっちかって言うと、蒸留水に近いイメージだよな。
魔道具の場合は、そういうのとは、ちょっと毛色が違うのか?
相変わらず、魔素というか、魔法的な要因が絡んでくるとよくわからないんだよなあ。
向こうには魔法とか存在しなかったし。
というか。
それはそれとして、ビーナスに突っ込んでおきたいことがひとつ。
「なあ……いつまで俺は苔を撫でてればいいんだ?」
「あ、マスター、そのぐらいでいいわ。やり過ぎるとかえって逆効果だから」
ふふ、ありがと、とビーナスが笑顔で言うので、苔を撫でるのをやめる。
ルーガやなっちゃんに協力してもらって、俺が魔道具の使い方を色々とチェックしていると、ビーナスがいきなり、地面を撫でろとか言い出したのだ。
まあ、地面というか、正確には生え始めの苔な。
一瞬、何のこっちゃ? とか思ったけど、どうやら、俺のスキルと関係があるらしいのだ。
今まで、棚上げになっていた『緑の手(微)』のスキル。
あれって、ほんのわずかだけど、植物とかそっち系を元気にさせる力があるみたいなのだ。
まあ、ビーナスの態度とかから、薄々感じてはいたけど、問題は俺自身が、スキルを使っているのか使っていないのか、まったくわからないことにあったんだけどな。
他の魔法とかだと、何というか、明らかに魔力の流れというか、身体の消耗みたいなものを感じることができるのだが、この『緑の手』に関しては、本当に、使っているって感覚がないのだ。
いや、特別な効果がある感じも、正直ないんだけどな。
傍から見ると、地面をさすっている絵って、かなり微妙な感じもするし。
とりあえず、言われるがままにやっては見たものの、本当に実感がわかないので、俺何やってるんだろ? という感じの自問自答しか生まれてこないし。
せめて、苔が目に見える感じで育ってくれれば、納得もできるんだが、そういう感じの能力でもないようだし。
そんなことを考えながら、じっと手を見る。
いや、どう見ても普通の手だぞ?
変な力が垂れ流しになっているとは、微塵にも感じないなあ。
うーん。
ある意味、こういう能力が一番困るよな。
当の本人が無自覚のまま、使ってるんだか使ってないんだか、どういうきっかけで発動するのか、消耗とかはどうなってるのか、副作用はないのか。
その手のことが全然わからないのだ。
何というか、扱いに困るぞ。
ビーナスが言うように、本当に植物にとってプラスになるのなら、確かに便利な能力だろうけどさ、『(微)』って表現からも、まだまだ能力としては不十分というか、未熟な感じもするのだ。
あ、そうそう、今の俺のステータスを見てみるか。
名前:セージュ・ブルーフォレスト
年齢:16
種族:地の民(土竜種)
職業:農民
レベル:14
スキル:『土の基礎魔法Lv.15』『農具Lv.1』『爪技Lv.11』『解体Lv.9』『身体強化Lv.9』『土中呼吸(加護)』『鑑定眼(植物)Lv.8』『鑑定眼(モンスター)Lv.8』『緑の手(微)Lv.3』『暗視Lv.4』『土属性成長補正』『自動翻訳』
『土の基礎魔法Lv.15』――魔技『アースバインド』
魔技『岩砕き』
ビーナスと戦ったけど、別に討伐したわけじゃないので、身体のレベルはそれほどあがっていないよな。
よくよく考えれば、ほとんど攻撃してないし、その場合はほとんど経験値が入らないって、前にカミュも言ってたしな。
ただ、『土魔法』とかは、かなり乱発したので、それなりにあがってるな。
身体のレベルを追い抜いちゃったし。
そういう意味では、やっぱり、『緑の手』のあがり具合はゆっくりのようだ。
もうすでに、後から取得した『暗視』の方がレベルが高いし。
だから、やっぱり、パッシブというか、常時発動しっぱなしのスキルではないようだ。
もしそうであれば、もうちょっとレベルがあがっているだろう。
「なあ、ビーナス」
「何、マスター?」
「俺が苔をなでると、ちょっとは違うものなのか?」
「そうね。このくらいで止めておけば、いいと思うわ。ほんのちょっと、わたしでもようやく感じ取れるぐらいだけど、生き生きしてるのがわかるから」
「そうなのか?」
全然、違いがわからないんだが。
あと、このくらいで止めておいた方がいい、ってのも気になるぞ。
「あ、そうだ。それなら、この手でビーナスの触れてもいいか?」
「ダメっ! いい!? マスター! そういうことは不用意にしないで! また、変な感じになったり、気持ち悪くなったりしたらどうするの!?」
少し前までご機嫌だったのに、ものすごい勢いで怒られた。
どうやら、今の俺の状態だと、どういう風に能力が作用するかわからないようなのだ。
ビーナスから聞かされて驚いたのだが、例の『虚弱』のバッドステータスも、俺の『緑の手』が原因である可能性があるらしいのだ。
えーと……?
植物にとって、必ずしもプラスってわけじゃない能力ってことか?
思った以上に、使い勝手が悪いような気がするぞ。
「それじゃあなんで、苔を撫でさせたんだ?」
「わたしが気付いたら止められるからよ。わたしもマスターみたいな変な存在とは初めて会ったから、もうちょっとチェックが必要なの」
それが済むまでは、わたしに触れないで、とビーナス。
まあ、本人が嫌がってるなら、そういうことはしないぞ、俺も。
「わかった。心配しなくても、嫌がってるなら、無理にはするつもりもないしな」
「………………」
うん?
言われた通りに、頷いたら、ビーナスにムスッとされた。
いや、だから、結局、俺はどうしたらいいんだよ?
「ビーナス、水遣り終わったよ。これでいいの?」
「ええ、もう水は十分ね。ルーガ、ありがと」
水遣りをやっていたルーガに対して、笑顔に戻るビーナス。
何となく、ビーナスの方が見た目から、お姉さんぽくなっているというか。
でも、確かビーナスって、五歳ぐらいだよな?
ステータスだとそうなってるし。
俺がそんなことを考えていると。
「きゅいきゅい?」
「あっ、なっちゃん! そうだ、ビーナス、いつまで光を使ってればいいんだ?」
「そうね。そろそろ、夜明けだから、もう大丈夫よ」
「そっか、じゃあ、なっちゃん、こっちおいで」
「きゅい♪」
俺の言葉に、なっちゃんが手元までゆっくり降りてきたので、その『土の手』から白いカンテラを受け取って、光の発動を止める。
「ありがとうな、なっちゃん」
「きゅい――♪」
褒めて褒めて! という感じで、なっちゃんが頭を突き出してきたので、反射的に頭をなでてしまった。
あ、もしかして、なっちゃんにもちょっとは悪影響があるのかな?
一応、半分は花みたいだし。
そんなことを考えて、俺は加減しつつ、なっちゃんの頭をなでるのだった。
……とりあえず、何か言いたげにこっちを見つめているビーナスは見なかったことにして。




