閑話:とある巡礼シスターのお仕事
「……ったく、ひどい有り様だな、これは」
その町の中の光景を目にして、カミュは眉根を寄せた。
今、カミュが歩いているのは、中央大陸の小国であるオルグレッドという国の中にある、とある港町だ。
中央大陸の西海岸に位置する閑静な港町、という立ち位置のはずのポルセダスの町。
その町の中で歩みを進めながら、辺りの様子を目にして、カミュはため息をつく。
普通の町ではありえない光景。
住んでいるはずの住人たち――だったものが辺りの地面に散乱している光景に、自然とカミュの表情が険しくなる。
もうすでに息をしているものは、町の中にはほとんどいない。
そう、実感せざるを得ない目の前の状況は、ひとりの巡礼シスターの表情をしかめさせるのは十分すぎるものだった。
「これじゃあ、あっちのポルセダスとおんなじじゃねえか。せっかく、エヌのやつが普通の町へと置き換えたのに、何の意味もない」
これも『死の町』の運命なのかね、とカミュが嘆息する。
だが、彼女が呆れているだけでは済まない理由がひとつ。
この町の生命の息吹がほとんど存在しなくなってしまった元凶が、ゆっくりとカミュの前へと姿を現す。
奇しくも、この町の教会の前に立っていたことに、カミュは苛立ちを感じて。
少し自分から離れた場所に立っている男を睨みつける。
「あんたがこれをやったのか?」
「その通りだ、教会のシスターとやら。随分と遅かったな。もう少し早くやってくるかと思っていたぞ」
ふふん、と口元に笑みすら浮かべながら。
カミュに対して、男は挑発的な態度を続ける。
見た目は、初老の人間種で、服装は上下ともに黒のスーツで整えられている。
明らかに、ゲームの中の世界観とは合わない雰囲気の男。
だが、普通とは異なる印象を与えるのは、その服装だけではない。
着ているスーツ、それが本来の黒とは別の黒色によって、染められているのだ。
「おい、どのぐらい殺した?」
「ひとまず、この町に住む者はすべてだな。私の糧にさせてもらったよ」
「……一応、警告したよな? こっちの世界の連中を殺したりするんだったら、どうなるか、って」
「もちろんだ。むしろそれが狙いだからな。安心していいぞ。どうせ、貴様もこの町の者どもと同じ運命をたどることになるだけだ。だが、その前に『危険生物指定』とやらをしてもらわないと困るからな。この町の教会の人間が役立たずで困っていたところだ」
「うん? 最初からそれが狙いか?」
男の言葉に少し驚いたような表情を浮かべるカミュ。
自分の警告を知った上で、あえて、行動を起こした男に対して、眉根を寄せる。
加えて、男の台詞に対して、頷く。
この町の教会の支部には、神聖教会の中でもあまり強い力を持ったものが配属されていなかった。
『危険生物指定』ができる権限を持つ者はいない。
だから、神父もシスターも殺したのか、と。
「その通りだ。私の望みのためにもな」
「あー、もういいもういい。別にあんたの望みとか興味ないし。ただ、報いは受けてもらうぞ――『危険生物指定』」
カミュが男の言葉を遮る。
と、カミュがキーワードを発するのと同時に、男の身体が銀色の光に包まれる。
神聖教会の『危険生物指定』が発動したサインだ。
その反応に、男が満足そうな笑みを浮かべる。
「よし。これで『浸食率』がまた増えたということだな。後は――――」
「いいから、死んどけ」
男が言葉を続けようとするのを遮るように、カミュが一瞬で、その間合いを詰めて。
次の瞬間、男の頭部がカミュの持っていた鈍器によって吹き飛ばされた。
だが。
「ふむ、せっかちだな。他人の話は最後まで聞くものだぞ? その方が少しは長生きできるだろうに」
そんな攻撃など何事もなかったかのように、男の頭部が元通りに再生していく。
それを見て、カミュが再び、男から距離を取る。
「……何だと? あんた、迷い人だよな?」
「ああ、その通りだ。貴様らにとっては異世界人だよ。だから、少し油断したか? この町の連中と同じだな。無駄だよ。私は『不死属性』持ちだ。貴様らごときには殺せぬよ」
「……『不死属性』持ちか」
かすかにカミュの表情が驚きで染まる。
エヌの話では、迷い人の初期能力には上限があったはずだ。
まだ、受け入れが始まって数日の現時点では、『不死』能力を手に入れることなど不可能なはずだった。
そう、思っていたがゆえに。
「驚いたか?」
「まあ、少しはな。どんな手を使ったのかは知らないが」
「何、簡単なことだ。最初に現れたナビとかいう存在を殺して、そのスキルポイントを奪ったまでだ」
「何だと?」
「そこで、こちら側の世界の神から言葉を賜ったぞ。『発想が面白い。面白い着眼点には正当な評価を』だそうだ」
「……あのイレギュラー愛好馬鹿、少しは物事の道理ってやつを考えろよな」
本当の意味での元凶に気付いて、カミュが思いっきり顔をしかめる。
どちらかと言えば、理由を知って、頭が痛くなった。
そんな感じで。
「まったく……真っ当に暮らしているあたしらにはいい迷惑だ」
「どうだ? 少しは状況がわかって絶望したか?」
「ああ。ある意味絶望したぞ。あの馬鹿に付き合わされるこっちはいい迷惑だってな」
エヌのやつ、想定外とかバグとかを愛しすぎるやつだってことを忘れてたよ、とカミュが嘆息して。
同時に、男の態度や言葉に納得もする。
どうやら、調子に乗っているのも、『不死』があるからだな、と。
この町で生き物を殺しつくしたのも、そこに理由があったからだろう。
おそらく、殺した分だけ、スキルポイントを奪う能力でも与えられたのだろう。
『強奪系』とは厄介な、とカミュが内心でひとりごちる。
「安心しろ。貴様もこの町の連中の後を追うだけだ。生憎だが、私も魔法の能力は高まったが、制御は上手くできないがね。己を巻き込んでも構わないので、こういう使い方もできるのだ……そのまま、死ね」
「――――っ!?」
瞬間、男とカミュが立っていた場所もろとも、激しい爆発に包まれる。
周囲の建物や、地面すらを巻き込んで。
町の中心地が廃墟と化す中、その爆発が収まった後で、男の身体がゆっくりと再生していく。
「ふむ……初めて使ってみたが、この魔法はそれなりだな」
そして、男がさっきまでカミュが立っていた場所へと目をやる。
燃え残る地面の上には、何も残っていない。
「随分と呆気ないものだな。『鑑定眼』が効かなかったので、少しは警戒していたのだが、所詮、私の敵ではなかったということか」
「生憎だったな」
「ほぅ……今のを避けたのか? 少しはやるようだな」
背後からの声に男が振り返ると、そこにはわずかにシスター服の表面を焦がしただけのカミュが立っていた。
だが、その姿を見ても、男には余裕があった。
『不死属性』の自分にはどんな攻撃も効かないのだから、と。
それは、油断ではなく、単なる現実だ、と。
今の己には神に等しい力が備わっている。
そう、男は考えていた。
あとは、そう、『浸食率』をあげれば、それで望みがかなう、と。
だからこそ、目の前の、たかがシスターを軽く考えていたのだ。
それが、甘い考えだったとも気付かずに。
「だが、私に一切の攻撃も効かぬぞ? どのようなものでも傷が癒えてしまうからな」
「あー、心配するな。もう終わったから」
「……? 何を言っている?」
「繰り返すぞ。もう終わってるんだよ」
淡々と。
カミュの冷たい視線が、淡々と、どうでもいい存在であるかのように男を見据える。
「今ので、あんたが『不死属性』持ちだってのが、間違いないってのはよくわかった。――――で? だから、何だ?」
「……何だと?」
男が疑問の表情を浮かべるのに対して、カミュが呆れたようにため息をつく。
「前にあんたとは別の迷い人にも警告したんだが、あんたらって、随分と危機意識が薄いんだな。もしかしたら、『不死』に見せかけた偽装なのかと思ったら、そのまんまなのかよ。正直、呆れたぞ」
「何を言ってる!?」
「いや、いいよ、気にするな。あたしもあんたみたいなやつに忠告するつもりもないし。安心して、そのまま、死んでくれ」
もうすでに、男に対して、冷めた眼でしか見ることがないカミュ。
そのことに、男が違和感を覚えたその時だった。
男の右手が、手の先の方からゆっくりと崩れ落ちた。
「――――何だと!? 何だ、これは!?」
男が驚愕の表情のままで叫ぶ。
すでに、己の身体が思うように動かせなくなっていることに気付くと、カミュの方を睨みつけて。
「貴様!? 私の身体に何をした!?」
「さあな。そんなの自分で考えろ。何で、あたしがいちいち説明しないといけないんだよ?」
まったく意味がわからん、とカミュが肩をすくめる。
どうして、敵対している相手に余計な情報を残さないといけないんだ? と。
「ふざけるな! 私は『不死』になったんだぞ! こんな……こんな馬鹿な話があるか! あの『涼風』が絡んでいるゲームだから――――! あの『死神衆』の連中なら――――! それも可能だと、私は――!」
男の叫び声が辺りに響く。
だが、それも、男の身体が崩れているのと同時に、叫びは哀願へと変化して。
「嫌だ、死にたくない!? これ以上、老いさらばえるのはごめんだから、私は――――」
そうして、そのまま男の身体は粉々に砕け散った。
後に残った灰のようなものは、その後に吹かれた風によって、吹き飛ばされて。
その場には、カミュひとりだけが残された。
「ったく……馬鹿なことしなければ、『死に戻り』もできただろうに。まあ、仕方ないよな。警告を無視したのはあんただ。あとは、エヌとスノーのかわした約定通りの措置が下るだけだ」
淡々と、カミュが言葉を口にする。
「それにしても、エヌのやつが神ねえ……まあ、この世界に関しては、それほど間違った話じゃないだろうがよ。あんなのが神だなんて、世も末だよなあ……まあ、もっとも」
ふぅ、とため息をつきながら、カミュはその場から引き返す。
「――――神なんて、都合のいい存在がいるはずがないだろうが」
馬鹿馬鹿しい、と本来、神に対して敬虔であるはずのシスターがシニカルな笑みを浮かべる。
そして、そのまま、何を思うでもなく。
カミュは誰もいなくなった町を後にするのだった。




