第109話 農民、サティ婆さんのクエストを達成する
「セージュや、この苔を少し譲ってもらえないかい? おそらく、薬の材料としても使えるだろうし、効能とか調べてみたいと思ってね」
「あ、いいですよ。サティ婆さんには色々とお世話になってますし」
やっぱり、この『マンドラゴラの苔』って、薬師としても感性をくすぐられるものがあるらしくて、口調こそ穏やかだけど、サティ婆さんのわくわく度合いが伝わって来たし。
まあ、ビーナスからも大事に使ってくれ、って言われてるけど、その点、サティ婆さんなら大丈夫だろう。
きちんと大切に使ってくれるはずだし。
それに、どういう効能かを専門家が調べてくれるのは、俺としても助かる。
後で、効能についてわかったことを教えてくれれば、それに越したこともないし。
「たぶん、麻痺状態の回復作用はあると思いますよ。今日の朝、ルーガが食べた時、麻痺に関しては治りましたから」
「おや、そうなのかい?」
「そうなんですか? 毒以外の状態異常の回復アイテムのことは初めて聞きました」
俺の言葉に、サティ婆さんを始め、ハヤベルさんやヴェルフェンさんたちも驚く。
「そもそも、麻痺とかの状態異常の攻撃を使って来るモンスターがいるって、初めて聞いたのにゃ。この辺りのモンスターって、毒持ちはいても、麻痺攻撃持ちがいるって話はまったく聞かないのにゃ」
「あ、でも、毒の掛け合わせとか、毒草の組み合わせで、『猛毒』とか『麻痺毒』になったりもするって聞いたよ? 確か『けいじばん』で不眠猫さんがそんなことを言ってたんじゃないかな」
毒草の中には『麻痺毒』のもあるらしいよ、とダークネルさんが教えてくれた。
へえ、そういうのもあるんだな?
ということは、わかりやすいように分類はされてるけど、麻痺も毒の一種ってことか?
どうやら、猛毒系の毒の副作用で、麻痺になったりもするらしいし。
まあ、ビーナスのは『即死』スキルの特殊効果だろうから、そっちの麻痺毒とは少し違ってるのかも知れないけどな。
俺も、『叫び』のおかげで、身体に力が入らなくなったし、あの時は確認してなかったけど、あれが『麻痺』――痺れている状態だったのかもしれないよな。
そう考えると、毒とはちょっと違う気もする。
「うん。マンドラゴラの生やす苔って、色々とその手の回復効果があるみたい。お爺ちゃんの話だと、苔の生える環境とか生やし方によって、ちょっとずつ効果も違うみたいだけど、どの苔でも、それなりに、色々な状態異常を治す効果があるみたい」
「ふふ、それはすごいねえ。なるほどなるほど……ということは、この苔はオールヒール型の素材の可能性もあるってことだねえ」
それはちょっと面白いことになりそうだねえ、とサティ婆さんが微笑する。
ルーガの説明で、かなりやる気になっているご様子だ。
えーと?
もしかして、オールヒールって、万能薬みたいなタイプってことか?
治せるのは麻痺だけじゃないって感じの。
「となると、ちょっと譲ってもらうにしても、それなりにお金を払わないといけないねえ」
「あ、サティ婆さん、お金でも良いんですけど、そうじゃなくて、別の報酬にしてもらってもいいですか?」
ぶっちゃけ、お世話になっているからただでもいいんだけど、この苔に関しては、ビーナスの素材でもあるので、勝手にただで譲るとそれはそれでまずい気もするのだ。
かと言って、今の話の流れだと、かなりの高額になりそうだし、それをサティ婆さんに払ってもらうのも気が引ける。
なので、ちょっと報酬の方向性を変えようと思うのだ。
「別の報酬かい?」
「はい。代わりに、俺に『暗号学』と『文字』について教えてもらってもいいですか? たぶん、お金をもらうより、今後のことを考えるとそっちの方が役に立つと思うんですよ」
知識を教わる、ってのは、大事な報酬だと思うのだ。
少なくとも、魔道具として『本』を普通に所持しているサティ婆さんなら、その手のことも教えてくれるだろうし。
俺も別に『薬師』の専業を目指しているわけじゃないので、『暗号学』とかを一から手探りで調べていくよりも、可能ならヒントとかだけでも教えてもらいたいし。
後は、やっぱり、ちょっと前から気になっていた『自動翻訳』について、だ。
たぶん、サティ婆さんの家で『本』を目にしなかったら、その違和感にも気付かなかったんだろうけど、この『PUO』の世界には、間違いなく、独自の文字が存在しているはずなのだ。
今は、テスターの持つ『自動翻訳』のスキルで読めるようになっているけど、『暗号学』みたいな感じで、どこかで翻訳が利かない状態とかにもなりそうだし、そういう時に備えて、簡単な文字を教わっておこうかな、って。
まあ、何となく違和感を感じただけなんだけどな。
難しいようだったら、途中で断念しても問題ないし。
深い意味はないけど、テスターとして気になったことを調べるってお仕事の一環だな。
何となく、きちんと仕事してる気がするし。
「おや、それでいいのかい?」
「はい、ぜひお願いします」
ぶっちゃけ、また、これで何百万Nとかになったら、また大事になっちゃうしな。
今の俺の所持金については、農業のための資金ってことで使うけど、他のテスターさんから、稼ぎ方を教えてくれって言われても困っちゃうし。
偶然の出来事が多すぎて、俺自身、説明のしようがないからなあ。
「ふふ、そういうことなら、それで大丈夫だよ。あたしも大体はこの家にいるから、セージュが暇な時でも言ってくれれば、そっちの勉強をしようかね」
「ありがとうございます」
よし、交渉成立。
というわけで、ビーナスの苔の一部と、その周りの土の一部をサティ婆さんへと譲る。
それを少し羨ましそうに見ているのは、ダークネルさんとハヤベルさんだ。
「ねえ、セージュ君、その苔ってどこで採れたのか聞くことってできる?」
「ごめんなさい、ダークネルさん、これ、今、俺がやっている『秘密系』のクエスト絡みの素材なんですよ。なので、どこで採れたとかの場所は教えられないんです」
情報漏洩でクエストが失敗になりますから、と俺も謝る。
そもそも、今、ビーナスはラルフリーダさんの家の側にいるから、入手した場所に行っても、苔を採取することはできないしな。
あれ?
まだ、地下通路には少し残ってたっけ?
そういえば、途中でアイテム袋がいっぱいになってたので、案外、あそこにたどり着ければ、採ることもできるかもしれない。
もっとも、そもそも、地下通路の方が機密情報としては上だものな。
そっちに関しても教えられないよ。
「あー、やっぱりにゃ。『秘密系』のクエストなら仕方ないのにゃ」
「うん、気にしないで。聞いてみただけだから。やっぱり、そういうのは自分で探さないとダメってことだもんね」
ダメもとで聞いてみただけだから、とダークネルさんが微笑む。
俺は知らなかったんだが、秘密事項のあるクエストについては詮索しない、ってことが『けいじばん』をよくチェックしているテスターの間では、決定事項になったのだそうだ。
俺の他にも、情報を漏らすと失敗するタイプのクエストをやっている人って、それなりにはいるのだとか。
そういう意味では、この『PUO』の『けいじばん』って、あんまり殺伐としてないよな。
みんな大人の対応っていうか、馬鹿みたいに騒ぐタイプのやつがいないし。
その辺は、仕事として契約してるって側面が大きいのかもしれないけど。
まあ、攻略しようにも、そもそも、スタート地点とかすら違う人も多いから、どうすれば、先に進めるかって部分があやふやになってるしな。
例えば、もし俺が、頑張って南の『アーガス王国』まで進んだとしても、もうそこにはラウラが暮らしてるわけだしな。
何となく、みんながマイペースになる理由がわかる気がする。
説明がないから、最終目的とかも謎だしな。
まあ、俺はまったりと好きなことをやりつつ、テスターとしての義務を果たせればいいので、色々と新しいことには手を出すけど、とにかく攻略、って感じではないな。
しっかりと地に足がついたプレイをして、きちんと就職を勝ち取るのだ。
うん。
俺の最終目標はそこだよな。
さておき。
サティ婆さんによって、俺の分の素材のチェックが終わるのと同時に、ぽーんという音が頭の中に響いて。
『クエスト【収集系クエスト:サティ婆さんのお手伝い】を達成しました』
よし。
これで、サティ婆さんの家に泊まれる権を完全に確保だな。
後は、持ってきた素材のうち、サティ婆さんが必要としていたものを、少し納めて、その代わりに、俺とヴェルフェンさんには報酬が渡された。
ヴェルフェンさんは、『ルロンチッカ草』の一部と『キヨウの実』の半分を納めて、それだけで十万Nちょっとをもらっていた。
どうやら、『キヨウの実』が半分とはいえ、かなり貴重だったようだ。
「にゃにゃ!? これで十万ちょっとかにゃ!?」
他のクエストと比べて、かなり割がいいって、ヴェルフェンさんも驚いていた。
また、『キヨウの実』を探す、って。
一方の俺の方は、『ルロンチッカ草』の一部と、『リムヴァ草』の一部、あと、『ナルシスの花』は一輪しかないので、そっちは花びら数枚だけでいい、ってことになった。
残りは、『調合』などで、俺が使うように持っていることになったのだ。
で、問題なのは、その報酬金額だ。
それらを合わせて、結局、俺の報酬は五十万ちょっとになった。
どうやら、『リムヴァ草』の価値が高かったようだ。あと、『ナルシスの花』はそもそも数が採れないので、花びら数枚でもかなりの価値になるそうだ。
そんなこんなで、結局、ビーナスの苔の分がないのに、軽く五十万を超えてしまうという、訳の分からない結果に終わったのだ。
というか、俺は、大分慣れたというか、感覚が麻痺してしまったけど、明らかに他の三人はその金額に引いているぞ?
「うわあ、すごいね、セージュ君。あっという間に小金持ちだよ」
「うんうん、にゃあのもらった分が普通に感じるのにゃ」
「貴重な素材って、そんなに高価なんですね……」
「ふふ、良い薬を作るためには、良い素材が必要だからねえ」
効果の高い傷薬なんかは、店頭に並べて売るなんてことはできないからねえ、とサティ婆さんが苦笑する。
あ、そういえば、キャサリンさんの道具屋でも、普通の店売りはしてなかったもんな。
価格もそれなりにするのだろう。
いや、やっぱりすごいな『薬師』って。
サティ婆さんも、何事もないように、高額の報酬を払えるあたりさすがだ。
まあ、魔道具っぽいアイテムもいっぱい持ってるしなあ。
見た目は、普通の町のお婆さんって感じでも、実はお金持ってるんだろうな。
そんなことに感心しながら。
テスター三日目の夜は過ぎていくのだった。
これでテスター三日目終了です。
後は、閑話と掲示板回を挟んで、4章のスタートです。




