第108話 農民、素材のチェックを受ける
「おやおや、ふたりとも頑張ってねえ。思った以上に、色々な素材が出てきたから驚いたよ」
「見たことがない素材が多いですね」
「うん、『けいじばん』でも情報が出てないものが多いね」
俺とヴェルフェンさんが素材をテーブルの上に並べると、それを見ていた人たちから、驚きというか、興味深々といった感じの声があがった。
てか、俺もヴェルフェンさんが持ってきた素材には驚いたけどな。
「にゃあが採ってこれたのは、平原に生えてた『ルロンチッカ草』と、後は東に流れてる川の中で採れたものなのにゃ」
【素材アイテム:素材/食材】キヨウの実
オレストの町の周辺で採れる水中花の一種、キヨウの木に成っている実。
周辺の水質によって、その質や特性は変化するため、食材として使う時には注意が必要となるだろう。採れたてのため、鮮度は良いが、猛毒。
【素材アイテム:素材/食材】ピアドフィッシュ(全身)
オレストの町の周辺に生息する淡水系の魚モンスター、ピアドフィッシュの尾頭付き。
ぬるぬるとした滑りのある鱗が特徴で、捕まえるのはそれなりに難しい。部位によっては毒があるため、取り扱いには注意が必要。獲れたてのため新鮮。
【素材アイテム:素材】ガルーンの尻尾
オレストの町の周辺に生息する淡水系の魚モンスター、ガルーンの尻尾。
捕まえようとすると、尻尾だけ残して逃げる習性があるため、川の中には、このガルーンの尻尾だけが残っていることも多い。鮮度は悪くないが、可食部位はない。
『ルロンチッカ草』は俺と同じものだな。
たぶん、あの群生地で採ったんだろう。
そして、それ以外の素材は、俺も見たことがないものが多かった。
ヴェルフェンさんは、自分が『泳師』であることを生かして、町の東側を流れている川の中の素材採取に挑戦したのだそうだ。
その結果、このような素材を発見できたのだとか。
「お魚モンスターはとにかく逃げ足が速いのにゃ。何とか五体満足で捕まえられたのは、このぬるぬるした魚だけなのにゃ。でも、これも毒があって食べるのはやめた方がいいって言われたのにゃ」
「あ、『キヨウの実』って、水中に生えてたんですね。道理でイーストリーフ平原を探しても、なかなか見つからないと思ったんですよ」
「にゃにゃ。にゃあも偶然見つけてびっくりだったのにゃ。でも、この実も猛毒があるので、残念ながら食べられないのにゃ」
しょんぼりにゃ、と耳をへしゃげてがっかりするヴェルフェンさん。
実が水中の底のところにあったので、採取するのが大変だったのだそうだ。
「まあねえ、むしろ、あの川底に『キヨウの木』が生えているのに驚いたけどね。普通はもっと綺麗な水のところじゃないと生えないからねえ。それに、周辺に毒を持ったモンスターが多い場所だと、ちょっとそっちに影響されるんだよ。だから、さすがにこれだと食用には向かないねえ」
ヴェルフェンさんが採ってきた『キヨウの実』を見て、サティ婆さんが苦笑する。
猛毒でも素材には変わりないので、そういう意味ではクエスト達成だけど、やっぱり、食べるとなると難しいらしい。
「こっちの尻尾って、お魚の尻尾?」
「そうだにゃ、ルーガにゃん。かなり大きめのイワナみたいな魚がいたんだけどにゃ、この尻尾だけ残して逃げちゃったのにゃ。残った尻尾の周りが渦巻きみたいになって、追いかけられなかったのにゃ」
へえ、そういうのもいるのか。
このガルーンって魚モンスターは巨大イワナっぽい魚らしい。
ぬるぬるのピアドフィッシュは何匹は倒せたみたいだけど、そっちは毒があって食べられそうになかったので、何とか巨大イワナも捕まえたかったそうだ。
でも、残念ながら届かず、と。
「にゃあも、まだ『泳ぎ』のレベルが低いのにゃ。もっと鍛えないと、川の中を飛ぶように泳いでいる鳥みたいなモンスターとか、全然届かないのにゃ」
「えっ!? 水の中にも鳥型のモンスターがいるんですか!?」
「そうだよ、セージュ。水棲系統の鳥モンスターもいるからね。もっとも、回遊するタイプのモンスターだから、動きとかもかなり速いと思うけどね」
捕まえるのは簡単じゃないよ、とサティ婆さん。
どうやら、『水中呼吸』持ちの回遊魚みたいな鳥もいるらしい。
「まあ、『ルロンチッカ草』と、猛毒とは言え、『キヨウの実』を持ってきてくれたからね。ヴェルフェンのクエストはこれでしっかりと受け取ったよ。ありがとね」
「にゃにゃ、どういたしましてなのにゃ。にゃ!? クエスト達成のメッセージが出たのにゃ!」
良かったのにゃ! と喜ぶヴェルフェンさん。
たぶん、俺と一緒のタイプのクエストだよな。
魚系の素材は、また別の『調合』で使えるから、って、サティ婆さんがそっちの処理の仕方も教えてくれるそうだ。
うん。
後でそっちの話はヴェルフェンさんから確認だな。
「さてと、問題はセージュの素材だね。あたしも初めて見たようなものもあるしねえ。こっちは全部、平原で採って来たんだね?」
「はい。イーストリーフ平原ですね」
一応は、と心の中で付け加える。
サティ婆さんがどこまで知ってるかは知らないけど、他のテスターさんとかは、間違いなく地下通路に関しては知らないだろうから、ここで漏らすと即座に、そっち関連のクエストが失敗扱いになるだろうし。
「『ルロンチッカ草』はなっちゃんと仲良くなるためにも使いましたよ。たぶん、虫系のモンスターのごはんになるんでしょうね」
「ふふ、それで正しいよ。この『ルロンチッカ草』は虫寄せ、あるいは、虫除け、などに効果がある薬などが作れるんだよ」
「あれ? 虫除けもなんですか?」
あれ、ちょっと意外だ。
虫系モンスターが好きな草だと思っていたんだけど、逆の効能もあるのか?
「そうだよ。セージュはしっかりと根っこの部分も採って来てくれたけど、こっちは毒なんかが蓄積するんだよ。この根っこ部分の特性には、虫たちが嫌がる匂いとかもあってねえ、そっちを使うとその手のアイテムも作れるってわけさ」
なるほど。
もうちょっと他の素材と組み合わせると、モンスター全般を避けるような薬なんかも調合できたりするのだとか。
へえ、モンスター避けのアイテムとかも作れるんだな。
今日の午前中の帰り道みたいな時には、役に立ちそうな感じだ。
「『キヨウの実』は毒がなければ、甘くて美味しい実なんだよ? まあ、品質の高い『キヨウの実』はめったに採れないだろうから、ある意味、貴重品だけど」
へえ! 甘い果物系の実なんだな?
どっちかと言えば、水中に生えている杏……水杏って感じの実なのだそうだ。
まあ、甘味だけにそれなりには高価で採取が難しいってことらしいけど。
「そして、こっちの『ナルシスの花』は、セージュが連れているなっちゃんみたいな、ナルシスビートルが、その身体を使って生やす花だからね。こっちもめったに採れない素材だよ。採り方を間違えると枯れてしまうからね」
「へえ、なっちゃん、すごい!」
「きゅい♪」
サティ婆さんの説明を聞いていたダークネルさんが、なっちゃんの頭をなでると、なっちゃんが嬉しそうにその周りを飛び回った。
うん、何となく微笑ましい光景だよな。
と、俺もサティ婆さんに聞いておきたかったことがある。
「『ナルシスの花』はどういう効果があるんですか?」
「そうだね、魔力を回復するための薬の材料だねえ。ナルシスビートルは、虫のモンスターの中でも、魔法を使うのが得意だから、時間をかけて魔素を蓄積させて咲かせた花に関しては、そういう効能が強く出るんだよ」
「あ! それはすごいですね!」
へえ、魔力回復薬か。
なっちゃんの育てた花ってのはすごいんだな。
そう言えば、そんな内容が説明文にも書かれていたっけ。
何にせよ、今まで、時間経過以外での魔力回復についての情報がなかっただけに、その薬のことを聞けたのは朗報だよな。
「後は『リムヴァ草』ってのは、『ムーンワート』の亜種でね。いわゆる、『光合成』が強すぎる系統の植物の一種だよ。あんまり陽の光を浴びすぎると、魔素が増えすぎてしまって、そのまま容量を超えて、枯れてしまうのさ」
「えっ? そうなんですか?」
「ふふ、それで、『月光草』って呼ばれているわけだねえ。もし、夜に花が咲いているところを見つけられたら、その時に種を採ることもできるからね。むしろ、そっちの方が貴重な素材だねえ」
そのため、育つためにはかなり条件を選ぶ素材なのだそうだ。
ところで、ちょっと気になる単語がひとつ。
「サティ婆さん、『ムーンワート』ってのは何ですか?」
「ふふ、この辺では採れないし、かなり育つのに特殊な環境が必要になる魔法植物だよ。魔女たちでないと、ほとんど取り扱いができないので、あんまり目にする機会はないかも知れないけどね。魔法薬の調合素材としては一級品だよ。『リムヴァ草』もこの辺りだと、一応は魔法素材に含まれるけど、『ムーンワート』と比べると、まだまだ普通の素材ってところだねえ。もし、魔女と知り合うことができたら、交渉次第で譲ってもらえるかもしれないから、今はあくまでも知識として覚えておくといいよ」
ほぅほぅ、そういうものもあるのか。
まあ、今の俺たちとはあんまり縁がないかもしれないけど。
ちなみに、その『ムーンワート』の別名が『幻魔草』っていうらしい。
幻の花、ってことで。
「まあ、ここまではあたしも扱ったことがあるけど、問題はこっちかい? 『マンドラゴラの苔』かい。いや、見た感じというか、触った感覚から言わせてもらうけどね。おそらく、これもただの植物じゃないね。魔法素材の一種……だと思うよ」
「うん、お爺ちゃんはハーブの一種だって言ってたよ」
「やっぱりかい。マジカルハーブの一種かい、となると、あたしでも目利きが難しいのも仕方ないだろうねえ」
「あれ? そうなんですか?」
おや?
ハーブってことは、こっちも植物とか薬の一種じゃないのか?
というか、ビーナスの苔って、ハーブだったのか。
まあ、ルーガもそのままで食べてたし、一応、食用だってのはわかってたけど。
「にゃにゃ? ハーブだと『鑑定』できないのにゃ?」
「まあね。マジカルハーブってのは、魔法素材としても少し特殊でね。植物のように見えるけど、普通のやり方では栽培することができないので、かなり採取に関して、条件が厳しくなっている素材なんだよ。魔法の触媒としても重要だから、加工に関しても、エルフたちの秘術にされているようだしね」
『薬師』としてそれなりの実力を持っているサティ婆さんでも、ハーブについてはあまり詳しくは知らないってことか?
というか、薬の『鑑定眼』でもハーブの特性は『鑑定』できないのだそうだ。
そもそも、ハーブ自体が野生種しかなく、一度採ってしまうと、再び同じ場所から生えるまで、かなりの歳月がかかるため、採取が難しいとのこと。
ふうん?
俺たちのイメージだと、ハーブって、料理とかで使う感じだけど、こっちの世界だとそういうわけでもないらしい。
「つまり、私たちの世界とは、ハーブに対する認識が違うということでしょうか?」
「にゃにゃ、ハヤベルにゃん。にゃあたちの世界でも、ちょっと前までは貴重品だったのにゃ。香辛料やハーブは栽培が難しいってことじゃないのかにゃ?」
「ふふ、そんなところだねえ。だからこそ、セージュが持ってきた時には、あたしもかなりびっくりしたんだよ」
どこから採って来たのか知らないけど大発見だよ、とサティ婆さんが呆れたように笑う。
えーと……。
ビーナスの苔って、そんなに貴重品だったのか。
改めて、そのことを聞かされて、驚きを隠せない俺なのだった。
こっちの世界だと、ハーブ類はすべて魔法素材になります。
栽培方法については、エルフなどでもまだ見つけていないので、天然ものしか存在せず、そのために価値がかなり高くなっています。




