第107話 農民、サティ婆さんの話を聞く
「それじゃあ、今日の成果を見せてもらおうかね」
夕食が終わった後は、サティ婆さんと一緒に、本日の分の『薬師』修行の成果というか、素材採取やら、調合やらの話をすることになった。
ちなみに、食事の時に、俺のアイテム袋に入っていたぷちラビットのお肉は、追加で塩焼きにして提供されて、みんなのお腹の中におさまった。
品質的には、あんまり放置しておくとまずそうだったので、それはそれで良かったんだけど、問題が一点。
俺が調理しようと、台所にある火の魔道具を使おうとしたんだが、今日は、弱い状態でしか発動させることができなかったのだ。
どうやら、午前中の一件で使った、例の『土魔法の同時発動』のおかげで、俺の魔力が、魔法を使えるまでには回復していないようだ。
もちろん、まったく機能しないわけじゃないので、魔力が完全にゼロになってるわけじゃないみたいだけど、無理に発動しようとすると、すぐに気持ちが悪くなってしまったのだ。
おそらく、『枯渇酔い』の状態なんだろうけど。
なので、結局、火の魔道具を使うのはダークネルさんにお願いすることになった。
ダークネルさんも火魔法は使えないみたいだけど、魔道具の場合は、魔力があれば作動させることができるので、その辺は問題なかった。
ただ、魔法の同時発動に関しては、試したことがなかったらしくて、俺がそのことを話すと、すごく驚かれた。
『魔法って、並行発動とかできるんだ?』
『もちろんだよ。まだ未熟なうちは身体の負担が大きいから、ほどほどにしておいた方がいいけどねえ。でも、魔法について、深く学ぶなら、そっちの使い方も大切になってくるようだねえ』
そんなことをサティ婆さんも教えてくれた。
同時発動を上手に使えば、弱い魔法でも威力を高めることができる、って。
俺が『土の基礎魔法』しか使えないのに、それなりの威力を出せるのも、そういう使い方をしているかららしい。
もっとも、副作用については身を持って体験しているので、あんまり無理は禁物ってのもよくわかる。
負荷をかけすぎると、その後しばらくは弱体化してしまうって感じだな。
ただ、魔法の同時発動については、『けいじばん』の魔法職関連のスレッドでもあまり触れられていなかったらしくて、良い情報だって、喜ばれた。
たぶん、このオレストの町の魔法屋さんがお休みしているのも原因のひとつだろうけどな。
今のところは、自分で色々と使い方を見つけないといけないみたいだし。
俺も、ジェイドさんの分体さんに言われなければ、そういう使い方をやろうなんて思わなかっただろうしな。
それはそれとして。
塩焼きにしたぷちラビットの肉は、意外にも、前に『大地の恵み亭』で食べた時よりも美味しかったのだ。
それには俺もびっくりしたけど。
『たぶん、解体の時の処理が良かったんだろうねえ』
そう、サティ婆さんに言われたので、そういう意味では、俺の『解体』も悪くはなかったのかな?
何となく嬉しい。
ただ、『解体』する人の能力によって、味が左右されるってことでもあるので、その辺は、肉の味を一定に保つのって難しそうだ。
しばらくアイテム袋で寝かせておいたのだって、案外、それで熟成とかの効果で、たまたま美味くなっただけなのかも知れないしな。
その辺は、今後もぷちラビットの肉を使って、色々と試してみる必要がありそうだ。
さておき。
話を戻そう。
そもそも、サティ婆さんの家に居候しているのも『薬師』の弟子入りのためだしな。
「私は、昨日教わりました傷薬の作り方で、色々と『調合』を試していました」
ハヤベルさんは、午前中は町周辺の素材の採取をして、それらが集まった後は、ずっとサティ婆さんの家で『調合』をやっていたのだそうだ。
「いきなり、『簡易調合』はできませんでしたね。一度、私の手で作った後で、ようやく、その『調合』が可能になりました」
「おそらく、ハヤベルの中で、レシピの細かい部分が曖昧だったからだろうねえ。どういう道具を使って、どんな手順で、どのくらいの時間で作業するのか、そういう部分は、どうしても一度は体験しないと覚えないだろうしね」
なるほど。
レシピとして知っていても、あやふやな部分があると、『簡易調合』は失敗に終わってしまうらしい。
適当に材料を集めて、『簡易調合』で新しい薬を生み出すとかはできないようだな。
そんな感じもしてたけど、改めてそうだとはっきりわかった。
ちなみに、ハヤベルさんが使っていた素材は『パクレト草』と『ミュゲの実』、それに、井戸から汲んできた井戸水だそうだ。
それでできた傷薬がこちらだ。
【薬アイテム:丸薬】傷薬 品質:4
傷を癒す効果のある丸薬。飲み薬。ただし、味の方は一切保証しない。
【薬アイテム:丸薬】傷薬 品質:2
傷を癒す効果のある丸薬。飲み薬。ただし、味の方は一切保証しない。
例によって、俺では薬の『鑑定眼』がないために傷薬としかわからないので、サティ婆さんに『薬師の目利き』を使ってもらうと、それぞれがこういう内容へと変化した。
【薬アイテム:丸薬】ハヤベルの傷薬(黒ノ丸薬/植物/?) 品質:4
ハヤベルによって作られた傷薬。傷を癒す効果のある丸薬で、基本は飲み薬だが、適量の水などに溶かすことで、塗り薬として使うことも可能。
サティ婆さんのレシピを流用しているので、個人としてのレシピ番号は割り振られていない。
ミュゲの実の味が残っているため、そのまま飲むとひどい味がする。可能なら、水と一緒に飲むことをおすすめする。
【薬アイテム:丸薬】ハヤベルの傷薬(黒ノ丸薬/植物/?) 品質:2
ハヤベルによって作られた傷薬。傷を癒す効果のある丸薬で、基本は飲み薬だが、適量の水などに溶かすことで、塗り薬として使うことも可能。ただし、品質が良くないので、効力は弱め。
サティ婆さんのレシピを流用しているので、個人としてのレシピ番号は割り振られていない。
ミュゲの実の味が残っているため、そのまま飲むとひどい味がする。可能なら、水と一緒に飲むことをおすすめする。
「これって、昨日、サティ婆さんから教わった作り方のやつですよね?」
「はい。最初の方が、私が一から手順を踏んで作ったお薬のうち、分量的に成功したものですね。いくつか他にも『パクレト草』と『ミュゲの実』の配合を変えて作ってみたんですが、今のところ、品質が4より上のものは作れていないです」
「え? そうなんですか?」
「はい。私の『調合』レベルが低いのに加えて、どうやら、サティトさんの手順にも細かい注意点が色々と隠されているようなんですよ。詳しいことは教えてくれませんでしたけど、ちょっと混ぜ方を変えるだけでも、品質に変化がありましたし」
「ふふ、そういうことさ。思っている以上に、奥が深い世界だろう?」
はあ、なるほど。
この他にも、ハヤベルさんが色々と試してみた上で、それなりの品質として完成したのがここにある物ってことか。
ハヤベルさんの話だと、『パクレト草』の比率が高すぎると飲みやすくなるんだけど、『ミュゲの実』の薬効が消えてしまうのだそうだ。
そうなると、味はさておき、品質が下がってしまうらしい。
逆に『ミュゲの実』の分量が多すぎると、水と一緒に飲んでも、口の中のえぐみがしばらく消えないような、危険な薬になってしまうとのこと。
ひどいものになると、傷薬って名前なのに、『微毒』の効果が生まれてしまったり、とか。
口の中にえぐみが残って、味覚が阻害される毒、ってことらしい。
「にゃあも、ハヤベルにゃんが作業してるとこを見せてもらったけどにゃ、傷薬の品質をあげるのって、けっこう大変みたいなんだにゃ。お婆ちゃんに『鑑定』してもらわないと、問題点が読めないからにゃあ」
「あー、そうなんですね」
今日から加わったヴェルフェンさんは、素材集めのクエストをして、それからサティ婆さんの家まで戻ってきた後は、ハヤベルさんの作業のお手伝いをしつつ、その『調合』の手順について、学んでいたのだそうだ。
要するに、昨日の俺たちが受けた講義を、ハヤベルさんの実践を踏まえつつ、サティ婆さんが説明していたってことか。
ダークネルさんも、今日のお昼すぎから弟子入りしたので、採取のクエストはひとまず後回しにして、そっちの説明に加わっていたのだそうだ。
「うん、明日から本格的に素材集めに行くよ」
決意を込めた眼差しで、ダークネルさんが頷いた。
つまりは、今日は、俺が素材採取のみで、ハヤベルさんが採取と調合、そしてヴェルフェンさんは採取に加えて、『調合』の基本的な流れを、ダークネルさんは『調合』の基本的な流れを教わるだけ、という感じだったみたいだな。
ちなみに、ルーガとなっちゃんは俺とセットになってるので、俺の『薬師』修行をお手伝いしてくれるそうだ。
ルーガの場合、スキルがないから、自分でもやった方がいいと思うので、手伝いだけじゃなくって、一緒に薬作りもやる予定だけどな。
なっちゃんも、例の『土魔法』の手があるから、もしかすると、簡単な作業ならいけるかもしれないよな。
あの、手がどこまで細かい作業をできるのか、そっちもチェックした方が良さそうだ。
とりあえず、話を戻すと、作り手が変わると、薬の『鑑定眼』でわかる内容にも変化が現れるってことで間違いなさそうだ。
レシピとしてはサティ婆さんのと一緒なのに、このふたつの薬はハヤベルさんの名前になっているし。
ちなみに、レシピの通し番号については、ハヤベルさんが『薬師』としてのレシピ集を自分でまとめると『鑑定』結果にも反映されるそうだ。
その辺は、『ステータスが変更されました』ってやつと一緒だよな。
なっちゃんも何度かステータスが変わってるし。
「うん、最初はこのぐらいで十分だよ。自分から色々と手順を変えて試しているのも、高評価だねえ。この調子で頑張るんだよ」
「はい! ありがとうございます!」
ずっと見てたからねえ、とサティ婆さんがハヤベルさんの頑張りを褒める。
まずは、試行錯誤を覚えるのが『薬師』の第一歩で、それについては、最初から問題なさそうだね、って。
「じゃあ、今度はヴェルフェンとセージュだね。今日採ってきた素材を見せとくれ」
「はい」
「了解だにゃ」
サティ婆さんに促されて、俺たちはアイテム袋から素材を取り出した。




