第104話 農民、一人前の冒険者になる
「よーし、終わったぞ、セージュ」
「はい、こっちも整理が終わりましたよ」
ちょうどいいタイミングで、グリゴレさんから声をかけられた。
ルーガへのギルドカードの受け渡しや、報酬に関する説明などが終わった、とのこと。
結局、町を巡るクエストって、報酬がどのくらいになったのかと思ったのだが。
「ええっ!? このクエストで、5,000Nなんですか!?」
いや、予想外に報酬額が多くて驚いた。
というか、町を巡って、町での生活について学ぶってだけなのに、ルーガに対してもこんなに報酬が発生するってのは驚きだ。
えーと……明らかに、これって採算が合ってないよな?
一応、買い物クエストってことだけど、買ってきたものに関しても、買った本人へと渡されるって話のようだし。
いや、それって、他の『討伐系』とか『収集系』よりもずっと割がいいよな?
「あのな、セージュ。これはあくまでも基本中の基本のクエストだからな。当然、最初の一回しか受けられないし、それ以外のクエストがうまくできないやつに対して、一日分の宿代を渡すって意味では、まあ、自然の話なんだよ」
ふうん?
要するに、セーフティネットのためのクエスト、ってことか。
そういえば、ルーガはお金に対する知識がなかったから、最初から発生したけど、俺たちみたいなテスターの場合、最初の七つのクエストが全然達成できない時の、おまけクエストなものだったらしいしな。
そういう意味では、最初の一回限定で一日分の宿代ってのはありなのかもな。
「でも、それだと二日目以降は困りません?」
「その場合は、冒険者ギルドの中の仕事を手伝ってもらうぞ。そこから先は甘くないが、一応、ギルドでは大部屋をほとんど無料で開放してるだろ? そう考えれば、とりあえず、飢えをしのぐのはそう難しい話じゃないはずだ。というか、子供でもできるようなクエストもあるんだから、仮にも冒険者を名乗ろうってやつが甘えるな、ってことだ」
「あー、それもそうですね」
それが嫌なら、町の中で真っ当な職に就け、とグリゴレさん。
別に冒険者にならなくても、仕事自体はあるようだし。
もっとも、比較的冒険者ギルドが良心的な組織なので、ある意味では、それ以外の仕事の方がシビアな感じになるみたいだけどな。
元は教会の下部組織ってことらしいし。
あ! そう言えば、町巡りで教会に行くのを忘れてたぞ?
お店を巡ってくれって感じだったのと、クエストのチェックポイントには教会が含まれていなかったのが理由だけど。
あれ? 教会には行かなくても、クエスト達成になるのな?
「まあな。もし、この町のすべての施設を回れば、それはそれで特典があったんだが、まあ、別に無理しなくても、クエスト自体は達成だぞ」
「えっ!? 特典があったんですか!?」
それは初耳だぞ?
というか、隠し系の達成特典ってやつか?
条件を満たすだけじゃなくって、その上の条件を満たすことで、おまけの特典がついてくるってやつ。
「ああ、そうだ。うん? そう言えば、セージュもカミュからその手のやつは受け取ったんじゃなかったのか? そんな話を聞いたぞ?」
「えっ……? 俺も特典?」
あっ! そうか、あれだ、『身体強化』の付与か!
なるほどな。
ああいうのも、隠しの特典だったってことか。
いやいや、それ知ってたら、必死で全部の施設を回ってたぞ?
てか、『身体強化』のスキル自体はかなり俺も役に立ってるから、そういう意味では、ここでの特典もぜひ手に入れたかったな。
いや、すごく残念だよ。
「はは、ちょっともったいなかったよな。セージュたちだったら、案外条件を満たせそうだったのにな。普通は、このクエストで条件を満たすのは、新米冒険者じゃ難しいんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。町長の家とかも条件に含まれるからな。あそこは、普通は町に来て一朝一夕じゃ行けるような場所じゃないだろ? だから、まず達成不可能だったからな」
うわ。
それを聞いたら、なおさら悔しくなったな。
俺とルーガ、普通にラルフリーダさんの家に出入りしてるし。
これ、隠し特典取れたよなあ。
よし、次からは気を付けようと心に誓う。
というか、こういうところはどこかゲームっぽいよな。
ステータスとか、いきなりぽーんと発動したり、かと思えば、妙なところはとってもリアルに作られているし。
やっぱり、フルダイブのVRMMOって、不思議な世界観になるんだな。
さておき。
ルーガも無事、自分のクエストで5,000Nとさっき買った木でできた花飾りをゲットしたようだ。
で、それとは別に俺の分の報酬もあるんだよな。
「セージュの方は、監督としての報酬だな。基本の報酬が10,000Nで、半日以内での達成なので、それに上乗せして15,000Nだな」
お、けっこうもらえるんだな。
新米冒険者に付き添って、半日で15,000Nは中々美味しいと思うのだ。
俺の場合、所持金との兼ね合いで、ちょっと価値基準がおかしくなってるけど、普通に考えれば、三日分の宿代だからな。
「期間が短いと報酬が増えるんですか?」
「ああ。ただ、これにもからくりがあってな。監督が一日以上にわたると、基本の報酬は半減してしまうんだが、その代わり、必要経費として町の最安値の宿代は追加で支払われることになるんだ。だから長くなればなるだけ損をするってわけでもないぞ」
グリゴレさんの話だと、最長で五日までは伸ばせるのだそうだ。
それ以上だと達成困難ってことで、さっきルーガが受けていた、町の散策クエストへと移行する、とそういう感じで。
一応、宿代ってのは、監督対象の分でもあるので、必ず、一緒に泊まるように定められているのだとか。
リディアさんみたいに、簡易コテージみたいなものを持っている場合、そっちに泊まってもいいみたいだけど。
ただ、ちょっとその話を聞いていると、冒険者ギルドって、俺が想像している以上に、新人の育成にお金を使っているように感じた。
何というか、もうちょっと殺伐とした組織だと思っていたんだけど。
「まあ、冒険者ギルドも色々あって、それなりに信頼を得ているからなあ。後は、教会から補助もあったりするから、それなりに人材育成には力を入れているぞ? また、魔族とかが攻めてきた時に備えて、優秀な冒険者を増やしていくってのも、教会から補助を受ける理由でもあるしな」
「やっぱり、魔族って怖いんですね?」
「まあな。数百年前だが、魔王が側近の魔族を引き連れて、この大陸に攻めてきた時には、大陸の東側三分の一が瞬く間に攻め落とされたらしいぞ? 俺も生まれてないから、詳しくは知らないが、ギルドにもその手の物語が残っているからな」
はあ、そうなのか。
やっぱり、このゲームで倒すべきは魔族ってことか。
グリゴレさんの話だと、魔族って、やっぱり一騎当千の力の持ち主らしい。
「強い冒険者ってリディアさんみたいな感じですか?」
「まあな。あれぐらいのやつが百人いたら、魔族も怖くないだろうしな。そういう意味じゃあ、セージュにも、ルーガにも、期待はしてるんだぞ? 俺も頑張るつもりだが、お前らも頑張って強くなってくれよな。それで、冒険者としての務めを果たしてくれ」
だからこそ、最初はきっちりと支援する、とグリゴレさんが笑う。
「はい、そうですね!」
「うん。頑張るよ」
「きゅい!」
「あ、悪い悪い、もちろん、なっちゃんもな。しっかりセージュをサポートしてやってくれよ」
「きゅい――♪」
うん。
何となく、この世界での冒険者の立ち位置がわかってきたな。
そうなると、ユウがやってるような騎士とかどうなのか? って思うけど、そっちは、国に属している戦力ってことなのだろうか?
まだまだ、色々と複雑そうだな。
「あ、そうだ、グリゴレさん。袋の整理が終わりましたので、こちらをお返しします」
空になったアイテム袋をグリゴレさんへと返却する。
短い時間だったけど、この袋にもしっかりお世話になったしな。
「ああ、確かに受け取ったぞ。はは、ということで、セージュもめでたくこれで一人前の冒険者になったってわけだ。おめでとう」
「ありがとうございます。とは言え、あんまりピンと来てませんけどね」
「いやいや、お前はちゃんと頑張ってるさ。俺が知っているだけでも、たかだか一日二日で荒稼ぎしてるしな。そうだな、セージュが望むなら、これでひとつ上のランクへの昇格試験が受けられるぞ?」
「ランクって、ギルドランクのことですよね?」
「ああ、そうだ」
お前も初期の借り分を返済したからな、とグリゴレさんが笑う。
それに加えて、俺の場合、クエストの達成件数や、その難易度などからの評価がすでに昇格条件に到達してしまっているのだそうだ。
えーと、今がFランクだから、ひとつ上だからEランクってことだよな?
「もっとも、もう日が暮れてきたからな。受けるにしても明日以降になるがな。今日のところは、後はお前の畑まで案内するだけで終わらせてくれ。俺も家で家族との晩餐とかがあるんでな」
「あ、はい、わかりました」
ちょっとだけ照れくさそうにしながら言うグリゴレさんに対して頷く。
へえ、グリゴレさん、この町に奥さんとか子供がいるんだ?
だから、それなりの冒険者だけど、ギルドで堅実なお仕事を受けてるんだな。
今まで、さんざんお世話になった身としては、確かに、何となく良いお父さんな感じも受けないでもないしな。
とにかく、試験を受けるにしてもそれなりに準備とかが必要なので、受けるって申し込んだ後も少しは時間がかかる、とのこと。
それなら、俺も畑の方を優先でいいや。
というか、カミュとかリディアさんとかの話を聞く限り、慌ててランクを上げた方がいいってわけでもなさそうだしな。
確か、ノルマが増えるんだっけ?
まあ、その分、ギルドが便宜を図ってくれる比率も大きくなるみたいだけどな。
うん。
今、けっこういそがしいから、余裕ができたら受けるぐらいにしておくか。
別に、自分のクランを作ろうって野望があるわけでもないしな。
「よし、それじゃあ、完全に真っ暗になる前に畑に向かうか」
「はい、お願いします」
「きゅい――♪」
「あ、セージュ、なっちゃんが楽しみだって」
「へえ、そういえば、なっちゃん、植物を育てるのが得意なんだものな」
「きゅい♪」
そういう意味では、畑に興味があるんだな、なっちゃんも。
というわけで、そのまま、グリゴレさんの案内で、畑の方へと向かう俺たちなのだった。




