第102話 農民、大地の恵み亭で話を聞く
「あー、大丈夫大丈夫。少し熱めになってるだけだから。わたし、こう見えても、けっこう熱には強いんだよー?」
「あ、セージュさん、いらっしゃいませ。私もちょっとびっくりしたんですけど、これはジェムニーさんが料理のお手伝いをしてくれているだけなんですよ」
「俺にはよくわからんが、ジェムニーとユミナが納得しているから心配いらないそうだぞ?」
えーと。
さっきに引き続き、鍋で多めのお湯で煮られながら、笑顔で状況を説明してくれるジェムニーさんと、厨房の方から出て来て、慌ててこのことを伝えてくれたユミナさん、それに、自分にお店のことにもかかわらず、まあ、俺もわからないけど心配するなって笑いながら、食事スペースの掃除を続けるドランさん。
三者三様の返事が返って来たけど、とりあえずは、これって、まずいことをしているわけじゃないってことでいいのかね?
というか、だ。
「えーと? もしかして、新しいスープって、ジェムニーさんを煮込んで作ったものとか、そういうものなんですか?」
「違います違います! セージュさん、今日お客さんにお出ししたのは、私が作ってみたぷちラビットのスープです。それとはまったく別の話です」
「うん、そーだよ。わたしのダシとかが隠し味になったりとかしてないからねー」
俺の問いかけに、慌てて、否定をしてくるユミナさん。
まあ、そりゃあそうだよな。
これ、見た目はどう見ても、向こうでは絶対にやっちゃいけない系の料理だし。
話しながら、大鍋のところまで近づくと、やっぱり、中火ぐらいではあるけど、しっかりとした火に、お鍋がかけられているので、沸騰こそしてないけど、それなりに熱そうなお湯になってしまっているようだ。
そこに、入ったままのジェムニーさんはと言えば、平然とした状態で、何事もなかったかのように、お湯に浸かっているし。
どうやら、ジェムニーさん自身が言っているように、粘性種……スライム種ってのは、それなりに熱にも強いらしい。
というか、あれ? 服のまま入っているのかな、と思ったら、その服の部分も含めて、ジェムニーさんの変化状態だったのだそうだ。
粘性種の変化って、そういう風な感じでも、人型になれるのだそうだ。
「ふふ、もちろん、人間種で言うところの生まれたままの姿にもなれるよ? セージュがお望みなら、そっちでもいいけど、でもねー、このドランのお店って、そういう趣向のお店じゃないからねー。特別料金とか積まれても、そういうことはしないからねー」
「いや、別にしなくていいですから」
まあ、ジェムニーさんも冗談なんだろうけど。
そういうのは、今日はお腹いっぱいだっての。
ビーナスを運ぶだけでも、こっちとしては色々ときつかったんだからな。
ただ、本当に余裕がありそうなので、釜ゆでとかそういう感じでもなさそうだ。
でも、だったら、何でこんなことになってるんだ?
「あのですね。私がジェムニーさんに尋ねてみたんですよ。ジェムニーさんの肌って、つやつやしていて綺麗なんですけど、動いていると、私たちと同じように少し汗をかいたりもするんですよね。それが、ちょっとねっとりとした触感でしたので、もしかして、これを料理とかに使えないかと思いまして」
「うん、そういう着眼点は面白いと思ってねー。いい着眼点にはご褒美だよー、というわけ」
うん。
いや、どういうわけなのか、さっぱりですが、ジェムニーさん。
ただ、その後でユミナさんがきちんと説明してくれたところによると、『もしかして、粘性種の体液って、凝固剤みたいな効果があるのでは?』と考えたのだそうだ。
凝固剤ってのは、要するに料理とかで使う、ゼラチンとか寒天みたいに、液体を固める効果があるものだな。
で、そのユミナさんの発想を、ジェムニーさんが面白い、って評価して、それでナビとは別の形で、粘性種のジェムニーさんとして、ユミナさんに協力してあげるってことになったのだそうだ。
「粘性種には、隠し系の種族スキルに『粘粉生成』ってのがあるんだよ。それを応用したやり方って感じかなー? 本来は『粘粉』の原料になりうるような素材があった方が、生成をしやすいんだけどね。あ、後でアルガス芋とか持ってきてくれれば、そっちだと、スキルをそのまま試せるかな? まあ、あの芋だと『粘粉』にはちょっと不向きだから、そんなにたくさんは作れないだろうけど」
そう言いながら、ジェムニーさんが自分が使っているお湯を両手ですくって。
「ほら、少しとろとろしてるでしょ? わたしの体液で、セージュたちの世界で言うところのゼラチンスープが採れるんだよ。うん、もういいかな――?」
よいしょ、と言いながらジェムニーさんが、寸胴から抜け出した。
というか、寸胴を素手で触っていたけど熱くないのかね?
やっぱり、スライムさんって、かなり熱とかに強そうだ。
そして、ジェムニーさんが出た後に、鍋の中に残った汁は、良い感じで、とろとろの透明な液体になっていた。
「ありがとうございました、ジェムニーさん!」
「いいのいいの。エヌさまも言ってたから。『おもしろいちゃくがんてんのこうどうには、せいとうなひょうかを』って。だから、特別にお手伝いだよー。この調子で料理の方も頑張ってね」
「はい!」
とっても嬉しそうなユミナさん。
いや、確かにゼラチンスープってのはすごいけどさ、今の絵面を見た上でも、しっかり料理に使おうとするユミナさんもすごいなあ。
透明できれいだけど、何となくジェムニーさんのダシも少しは出てそうだぞ?
「あー、セージュ、ちょっと失礼なこと考えてるー。ジェムニーの身体は粘性種のものなんだから、汚れを吐き出すこともできるんだからね」
だから、汚くないからね、とジェムニーさんがぷんぷん怒る。
いや、別にそういう意味で、俺も微妙な表情をしていたんじゃないけどな。
人と同じ姿見の生物を、鍋でそのまま煮るってのがあんまりよろしくないから、うーん、って思っていたんだけど。
「まあね。そういうことなら、今後は普通に『粘粉生成』を使う方法の方がいいかなあ。やっぱり、迷い人が嫌がることはしたくないからねー」
「ジェムニーさん、アルガス芋をお持ちすればいいんですよね?」
「うん、そう。後は、ゼラチン質の食べ物とかを食べれば、わたしも消耗分を回復できるから、そっちでもいいけど」
今日は繁盛し過ぎでアルガス芋が切れちゃったから特別だよ、とジェムニーさんが微笑む。
どうやら、煮込んで体液を出すやり方って、粘性種の方の負担も大きいらしい。
なので、補給なしではやりたくない、って。
あ、そういえば、ジェムニーさんの身体が少しだけ小さくなった気がするぞ?
うわ、これけっこう危険な方法だったのかもな。
だったらなおさら、慌てないで普通のやり方を試せばいいのにな。
アルガス芋でもできるなら、日を改めてもいいわけだろうし。
「いやいや、それじゃあ、ユミナの情熱に水を差しちゃうでしょ? 正当な評価はお早めに。ナビがサポートじゃなくて、障害になっちゃあいけないんだよ」
そういうものか。
ふふん、とナビキャラとしての自分に誇らしげに胸を張るジェムニーさんの姿に何も言えなくなる。
まあ、ちっちゃくなった本人が気にしてないなら、それでいいけど。
さておき。
このお店にやってきた最初の目的を忘れていたぞ。
「あの、ところで、もうお店は閉まってたんですね?」
「ああ、セージュには悪いが、もう料理を売り尽くしてしまったんでな。俺もユミナのスープだけかと思ったんだが、他の料理も注文が多くてな」
だから、すまない、とドランさん。
せっかく来てもらったが、味見する分が残っていないんだ、って。
「いえ、俺たちも色々あって遅れましたし、むしろこっちが悪いので気にしないでください」
それに、例のクエストも、もう達成のめどが立った以上は、慌てる必要もなさそうだしな。ユミナさんの見習い解除は急いだ方がいいかと思ったけど、当のユミナさん自身、この『大地の恵み亭』でこっちの食材を使って、色々と試してみたいのだそうだ。
今も、ジェムニーさんのゼラチンスープなども含めて、どう使ったら美味しい料理になるのか、試行錯誤の最中なのだとか。
そういう意味では、もう少し、見習いのままの方が都合がいい、とのこと。
「まあ、見習いって言っても、俺よりも料理に詳しそうだしな。そういう意味ではユミナの好きにしてもらってかまわないさ。俺もいい勉強になるし」
「ドランさんには本当に感謝してます。私自身、こちらの食材については、まだ学ばないといけないことが多いですし」
しばらく見習いとしてよろしくお願いします、とユミナさんがドランさんへと頭を下げる。
やっぱり、向こうでの料理人としての下地はあるけど、この『PUO』の中の食材は、向こうとはちょっと毛色が違うものも多いのだそうだ。
まあ、そりゃあそうだよな。
何せ、モンスター素材とかも多いわけだし。
技術はあっても、そっちに関して、完全に手探り状態だとお手上げだもんな。
そういう意味では、ドランさんとユミナさんの関係ってバランスが取れてるよな。
それを横からうんうんと楽しそうに見つめるジェムニーさん。
何だかかんだ言っても、良いお店だよな、ここって。
まあ、そういうわけで、俺のクエストに関しては、このスープ騒動が落ち着くか、余裕ができたタイミングで改めて、ってことになった。
ユミナさんも、他の料理にも挑戦したいので、もうちょっと納得がいくものができてからの方がうれしい、って。
そういうところは、料理人さんだなあ、と感じるな。
向こうでのプロとしてのプライドというか。
なので、今日のところは、結局、『お腹が膨れる水』をジェムニーさんから購入して、それで終了となった。
「セージュたちも、普通のお客として来てくれよな」
「はい、俺も噂のスープを飲んでみたいですし」
「お腹が空いた時のお楽しみだね」
「きゅい――♪」
そんなこんなで、そのまま『大地の恵み亭』を後にして。
俺たちは、再び冒険者ギルドへと戻るのだった。




