第101話 農民、思わぬ光景に驚く
「うわっ、やばっ! すっかり遅くなっちゃったけど、まだスープはやってるかな?」
「あんまりお腹空いてないから、無ければ無いでもいいよ?」
「きゅい――♪」
道具屋を出てから、ルーガのクエストも兼ねて、町中を歩き回ったのだが、その結果、一通り巡った後には、すっかりと時間が過ぎてしまっていた。
というか、何気にこのクエスト、チェックポイントが多すぎだぞ。
まず、キャサリンさんの道具屋に始まって、ロッテーシャさんがやっている肉屋で挨拶しつつ、俺が持っていたラースボアの肉を買い取ってもらって、なぜか、筋肉隆々のテスターさんがぷちラビットの肉をひたすら殴り続けているのに遭遇したり。
たしか、リクオウさんって人だったかな?
どうやら、ユミナさん経由で、お肉の処理方法を色々と探っているらしくて、それに肉屋さんも乗っかったらしい。
で、ちょうど、格闘術とか体術が得意なテスターさんがいたので、そっちにも協力を仰いだとかなんとか。
えーと、つまりは、体術の武技を使って、ミンチ状の挽肉のようなものを作れないか、色々と試しているのだそうだ。
どうも、ぷちラビットの肉って、赤身が多いので、脂身が少ないから、色々と工夫をしているとか、そういう話は聞いた。
ちなみに、ラースボアの肉は秘密買取りのため、ロッテーシャさんが見て早々にどこかへと仕舞い込んでしまった。
何でも、カミュは教会の方に持って行ってしまったし、十兵衛さんはそもそも食材を卸したりとかしてないので、俺の持ち込みが最初だったらしい。
いや、冒険者ギルドでも扱っていたと思うけど、そっちはそっちで色々あって、肉屋さんを経由するとは限らないのだとか。
そう、ロッテーシャさんから、こっそり教わった。
どうでもいい話かもしれないが、ロッテーシャさんって、赤毛の中肉中背の女性で、タンクトップのような服を着ているにもかかわらず、巨乳さんという、何というか豪快な感じの人だった。
一応、この町の駆け出し冒険者にとっては、格闘メインでそっちを教えてくれてりもする人らしくて、その縁でリクオウさんも肉屋に出入りしているのだとか。
通称『赤毛のロッテ』。
今まで会った人の中でも、意外と濃い人ではあった。
で、その後は肉屋の裏にある革関連の工房で、こっちも秘密素材という条件で、ラースボアの皮を買い取ってもらった。
バンビーノ親方と、そこで弟子修行をやっているテスターさんが何人かいたので、そちらとも挨拶をした。
とりあえず、ルーガについては『迷い人』なので、テスターという話で押し通すことにはしたけどな。
なっちゃんについては、テイムモンスターを一緒に連れているテスターがあまり多くないので、そっちはそっちで驚かれた。
ちなみに、テツロウさんなんかも履いていた靴を作ったのもこちらの工房で、テスターのメルクさんが靴作りをやってくれているそうだ。
俺の今履いている靴も大分くたびれてきたので、修復をお願いすると、そちらは快く引き受けてくれて、『迷い人の靴』ことスニーカーの耐久度も、無事、大幅回復することができた。
いよいよ壊れたり、新しいモンスター素材とかを見つけたら、持ってきてくれれば、新い靴を作ってくれるそうなので、今後はそっちにも期待だな。
例によって、ラースボアの素材は、バンビーノ親方の手に渡ってしまったけど。
それなりにぼろぼろになっていたので、前にグリゴレさんから教わったように、テスターで革職人の見習いをやっている人たちに安く譲ろうと思っていたのだが、どうやら、親方が特別な手法で処理を施すと、面白い素材になるそうで、結局、修復困難レベルの素材以外は、親方が仕事をすることになったらしい。
まあ、メルクさんも『錬金術』持ちの職人らしいので、生産職プラスで錬金術師を目指しているとは言っていたから、無理に革素材にこだわるつもりはないようだ。
ともあれ、これで、アイテム袋にあった素材の大半はさばけてしまった。
というか、ほとんどがラースボア素材で埋まっていたので、そっちが解消できただけでも一安心というか。
あんまりにも格安で売値をつけたせいで、気を遣われたので、代わりに少しだけ、肉屋で売っている『ぷちラビットの干し肉』を譲ってもらった。
いや、俺が売りに来るのが遅れたせいで、ラースボアの素材も劣化しているのかな、と思っていたら、まだ、これなら常温で寝かせておいても大丈夫なのだそうだ。
今は暑い季節でもないのと、下処理がなされていたおかげで、加工すれば、まだまだ十分に店売りに耐えうる質が保てるのだとか。
そっちはプロにお任せだ。
俺としては、干し肉をゲットして、多少、所持金総額が増えたことを喜んだだけだな。
後は、商業ギルドにも寄ったんだが、何だか、今日は色々といそがしいらしくて、ギルドの職員の人とかがばたばたと走り回っていた。
大分、商業ギルドのイメージとは違っていたんだが、よくよく話を聞いてみると、『大地の恵み亭』の新しいスープのおかげで、ちょっとしたトラブルが起こったりして、それに加えて、町長さんから町の再開発計画に許可が下りたこともあり、そっちの測量やら、土木のクエストの手続きやら、新しくやってきた俺たち迷い人がどんどんギルドに登録にやってくるので、新人向けの研修やらも右往左往していて、挙句、町の外にまた変なモンスターが現れたとかもあったらしい。
いやあ、大変そうだったな。
というか、最後のは冒険者ギルドの管轄のような気がするが、行商人向けのルートのひとつが壊されたとかで、結局、冒険者ギルドと商業ギルドが共同で、そっちへの対応をするためにクエストを発動させたとかなんとか。
うん。
詳しい事情はわからないけど、簡単な登録やら手続きに関しては、また明日以降来てくれって言われてしまった。
一応、テスターらしき人も見かけたけど、何か、そっちはそっちでこのいそがしさに巻き込まれていたので、あいさつもできずに撤収することとなったわけだ。
熊の獣人って感じの人だったので、たぶん、あれがヴェニスさんだろうな、とは思ったけど。
商人として、順調にギルド内で仕事を積み重ねているんだろうな。
遠くから見ても、新人というよりも即戦力って感じでバリバリと働いていた。
案外、あっちでも商売の経験があるのかもしれないな。
てか、だからこそ、商人を選んだのかもしれないし。
そんなこんなで、商業ギルドに顔を出したものの、詳しい説明とかはさっぱりだったので、後日改めて顔を出す必要がありそうだ。
お金の預かりシステムだけでも話を聞きたかったんだけどな。
で、その後は、カオルさんも働いている、キサラさんの仕立て屋工房に顔を出して、あいさつだけ済ませて、ルーガはまだ行ったことがないってことで、俺が下宿させてもらっているサティ婆さんの家にも行って、そのまま、ルーガとなっちゃんも泊めてもらう許可をゲットしてきた。
できれば、サティ婆さんに見てもらいたい素材もいっぱいあったんだが、先にルーガのクエストを済ませておかないと、時間的にお店が閉まってしまうので、そのまま、町の散策を再開。
町に数件ある宿屋をざっくりと見て回ったり、一応、今日はまだ来るなとは言われていたけど、ペルーラさんの工房にも顔を出したりもした。
やっぱり、予想通り、アルミナからの指示待ちだそうだ。
『鍛冶』修行を急ぐなら、明日にもさっさと始めるか? とも言われたけど、ゆっくりでいいから、という話で落ち着いた。
明日だと、ファン君とかとは一緒には受けられないみたいだしな。
それに、畑の方もあるので、ちょっとそっちも様子を見たかったってのもある。
そんなこんなで、冒険者ギルドのクエストで指示されたところをほとんど回り終えた頃には、すっかりと夕暮れになってしまっていた。
何とか、『大地の恵み亭』の閉店前には間に合ったけど、もう、スープは終わってしまっているかもなあ。
ルーガに使い方を説明がてら確認した『けいじばん』でその手の話もあがっていたしな。
新しいスープ、売り切れ御免、って。
もう、すっかり行列も収まっていたので、たぶん、売り切れだろうなあ。
ルーガたちも、それでも仕方ないって感じで納得してくれているけど、まあ、そこはそこ、あまり期待をせずに訪ねてみることにしよう。
どの道、俺は『お腹が膨れる水』を補充できれば良かったんだし。
というわけで、三人そろって、食堂の中へと踏み込む。
「すみませーん……って、うわわっ!?」
俺たちが『大地の恵み亭』の中へと入ると、お客さんの姿はほとんどなくなっていて、そして、思っていたのと全然予想外な光景が、俺の目に飛び込んできた。
「大きなおなべで青い人が煮られているの……?」
「きゅい――?」
一緒にいるルーガとなっちゃんもびっくりしているが、俺はもうすでにその人とは知り合っていただけに衝撃が大きかった。
いや、落ち着いて、今の状況を説明すると、だ。
「あー、セージュいらっしゃい。待ってたよー。なかなか来ないから今日の分のスープは終わっちゃったけどねー。あと、ごめんね、こんな格好で」
うん。
寸胴のような大きめなお鍋の中に入って顔だけ出して、こっちを見ながら、笑顔で対応するジェムニーさんだ。
よし、落ち着け落ち着け、俺。
ジェムニーさんが笑顔ってことは、あれは、鍋みたいな別のものに入っているだけで、火にかけられていたり、煮られていたりってわけではないはずだ。
あー、そうか。
ジェムニーさん、お風呂に入ってるのか。
――――って、そんなわけないよな!?
「いや!? ジェムニーさんが何で火にかけられてるんですか!?」
はい、冷静終了。
思わず、目の前に光景に思いっきり突っ込みを入れてしまう俺なのだった。




