第100話 農民、世間話とクエストの続きをする
「あ、セージュさん、どうでした?」
「うん、ファン君、役に立ちそうな道具が色々とあったよ。俺も使えそうなものをいくつか購入したしね。もっとも、所持金が大分減っちゃったけど」
魔道具のコーナーについて、興味津々で尋ねてくるファン君に、中のことをちょっとだけ説明した。
もしかすると、情報制限とかもあるのかと思ったので、念のためキャサリンさんに確認してみたけど、このお店の『商業系』のクエストに参加するか、魔道具を購入できる条件を満たしていれば、教えても問題ないそうだ。
というか、そもそもアイテムの鑑定業務で、倉庫なり何なりのアイテムについては、触れることになるので、その辺は大丈夫ってことらしい。
倉庫の情報に関しても同様なのだそうだ。
最初に冒険者ギルドで受け取るクエストで、『商業系』のものが必ず混ざっているため、試しにでも挑戦してくれれば、そちらの情報を得ることができるわけで。
なので、基本はそれ以外で情報を拡散するのはやめてほしい、って話なのだとか。
なるほどな。
『けいじばん』で倉庫について触れられていなかったのもそういう理由からか。
一応、適性検査でもあるので、最初のクエストは無理そうでも、一度は挑戦しておいた方がいい、とだけはキャサリンさんからも忠告された。
冒険者として、あるいは商人として、更に言うなら、こっちの世界に馴染むために役に立つ知識とかを得られるはずだから、と。
そのついでに、商業ギルドにも登録しましょう、って話でもあるようだけど。
遠出する冒険者には、物資の輸送がらみのクエストなどもあったり、後はクエストでなくても、遠くの地の特産品などを持ち込んでもらえると、色々と助かるのだそうだ。
「リディアさんがお持ちの素材なども買い取らせて頂きましたよ」
「ん。ずっと持ってても仕方ない」
「あ、リディアさん」
いつの間にか、道具屋の店舗の方にリディアさんがやって来ていた。
相変わらず、真っ白のドレス姿である意味目立つはずなんだけど、不思議と風景に溶け込んでいるようで、今も話しかけられるまで、そこまで意識が行かなかったのだ。
あれ?
これって、クリシュナさんの移動時の状態に近いか?
もしかすると、存在を気付かれにくくするようなスキルなどもあるのかも知れない。
「もうファン君から聞いたかも知れないですけど、グリゴレさんがリディアさんにも報酬を取りに来るように言ってましたよ」
「あ、セージュさん、さっき伝えましたよ」
「ん、こっちのお金はあんまり持ってない。だからちょうどいい」
「あれ? そうなんですか?」
おや?
お金にあんまり困っていないから、報酬を受け取らないんじゃないのか?
俺がリディアさんに、そう尋ねると。
「こっちには、来て数日だから」
あっちのお金は使えないし、とリディアさんが淡々と言う。
あ、もしかして、国によっては両替とか必要になるのか?
「しばらくは、ごはんを食べるの加減するから大丈夫」
「えっ!? リディアさん、あれで加減してるんですか!?」
ファン君がびっくりしたような声をあげた。
何でも、ノーマルボア数匹分の肉を肉屋に持ち込んで、それと引き換えにちょうど食べごろの蛇肉を譲ってもらったらしいのだが、それをファン君たちが料理した結果、あっという間に全部食べてしまったのだそうだ。
今は、とりあえず、お腹は空いていないとのこと。
ユミナさんの特製スープが意外と、満腹度が高かったらしい。
「でも、リディアさん、お鍋で飲んでましたよね?」
「ん、いっぱい飲めるとうれしい」
お、リディアさんってば、目は普段と変わらないんだけど、口元だけ緩めて嬉しそうにしているぞ。
やっぱり、ユミナさんの新しいスープは美味しかったようだな。
というか、鍋ごとはすごいな。
見た目は痩せているのに、どこに食べ物が入っているのか謎だ。
あ、そうだ。
まだ姿を見せないもうひとり。
「ところでヨシノさんは? まだお仕事中なんですか?」
「ヨシノなら今、頭痛で苦しんでるとこ」
「先程、鑑定業務のお手伝いは終了しましたね。想像以上に、私のペースについてきてくださったので、多少、ご無理をさせてしまったかもしれません」
『鑑定眼』の使い過ぎで動けなくなっているので休んでもらってます、とキャサリンさんが苦笑する。
あー、そういえば、俺も使い過ぎで頭が痛くなったことがあったもんな。
成熟度が低いうちに無理をすると、脳がオーバーヒートを起こして、ふらふらになってしまうのだそうだ。
要は、世界のあちこちに刻まれたステータスを無理やり見ているようなものなので、少しずつ、その使い方に身体を慣らしていかないと、かなり危ないらしい。
「普通は、低いレベルですと、ここまで使えないはずなのですがね。その辺りは迷い人さんならではの現象かもしれませんね」
なるほどな。
この『鑑定眼』のスキルにも補正がかかっているってことか。
だから、限界以上に発動はするけど、反動がひどい、って。
俺の土魔法同時発動とかもそっち系だろうな。
今日中に回復するのは難しそうだし。
ちなみにキャサリンさんは、普段から商業ギルドの無茶振りで鍛えられているらしく、その程度では何てことないそうだ。
うん、やっぱり、こっちのNPCさんって強い人が多いなあ。
まあ、世間話もそのくらいにして、だ。
今はルーガのクエスト途中だしな。
ちょうど、道具屋の売り物の中でも、ルーガが興味を持っていた、花の形のアクセサリーが500Nだったので、それを買って、クエストのチェックをクリアしておく。
「さっき、俺が買い物をしていたのは見てたよな? 金額は違うけど、基本はあんな感じだ」
「うん、この500N硬貨を出せばいいんだね? はい、じゃあ、これください」
「お買い上げありがとうございます!」
うん。
というか、キャサリンさんじゃなくて、ファン君が店側で対応していると、どことなくお仕事系テーマパークのやり取りのようにも見えるよな?
ふたりとも真剣そうなところが微笑ましいというか。
「あ、そういえば、キャサリンさん。この装飾品って随分と安いんですね?」
「ええ。女性向けのただの飾りですからね。特別な魔法効果があるわけでもございませんので、純粋に素材のお値段に加工料が上乗せでしょうか。もっとも、こちらは見習いさんが作ったものですので、それほど加工料はかかっておりませんがね」
ですから、500Nです、とキャサリンさんが微笑む。
あ、つまりは装備品というよりも、本当にただのアクセサリーなんだな。
『木工』で木を加工して花形にしてあるのだが、どこかちょっと歪なのは、木工職人見習いの手仕事なので、ご愛嬌ってことらしい。
その手のものも商業ギルドでは買い取ったりもするらしい。
職人育成は、商業ギルドも絡んでいるようだしな。
「セージュ、ほら、買い物終わった」
「ああ、よくやったな。えらいぞ、ルーガ」
そうやって、頭を撫でている途中で気付く。
あ、そうだ。
あんまり子供扱いするんじゃなかったんだよな。
うっかりうっかり。
何となく、ルーガが小動物系のオーラを発していたので、つい、反射で頭を撫でてしまった。
何か、性格的に犬っぽいような、猫っぽいような。
そうこうしていると、なっちゃんもルーガの頭の上に止まった。
「きゅい――♪」
「あ、なっちゃんもか?」
「きゅい!(コクコク)」
何か頷かれたので、なっちゃんの頭も一緒に撫でる。
道具屋の店先で何やってるんだろうな、とか思いながらも、まあ、まったりとした雰囲気だし、まあいいか、とも思う。
午前中の命がけの状況とは、雲泥の差だな。
「なんだか、そうやっているとセージュさん、お父さんみたいですね」
「いや、ファン君。せめて、お兄さんって言ってくれない?」
そりゃ、年の割にはどこか老けてるって言われることはあるけどさ。
さすがにファン君ぐらいの子に、そういうこと言われるとへこむぞ?
いや、ファン君の年だと、俺ぐらいでもおじさんになるのかよ?
「あ! いえ、そういう意味ではなくてですね。セージュさんの触り方って、自然体だと感じまして。うちのお父さん……じゃなかった、師匠もそういう感じでしたので、似てると思ったんです」
「あ、そうなのか?」
あー、ファン君のお父さんに似てるってことか。
いや、ちょっと待て。
九歳のお子さんがいるってことは、れっきとしたおじさんだろ?
まあ、要は、親が子供を撫でてる感じってことか?
そういうことなら、家庭的って意味で褒められていると思っておこうか。
少なくとも、ルーガが嫌がってるなら、すぐやめるつもりだったけど、手を止めようとしたら、きょとんとされたし。
そんなこんなで、ルーガとなっちゃんが満足するまで頭をなでる羽目になって。
それが落ち着いた後で、追加で、木のくわを購入して。
「またいらしてくださいね。明日までに、他の農具も調べておきますので」
そんなキャサリンさんに、改めてお礼を言って。
そのまま、俺たちは道具屋を後にした。




