第98話 農民、商業系クエストの話を聞く
「あ、衣類とかも売ってるんですね」
「はい。私、元々は仕立ての職人でしたので、そちらにつきましても、一部商品は並べさせて頂いております。キサラさんの工房で作られた商品の他に、手作りの品も少しだけ加えさせて頂いてますしね」
「へえ、そうなんですか」
ちなみに、ファンさんが着ているのは私の自信作です、と胸を張るキャサリンさん。
あー、なるほどな。
それで、可愛い子に着せ替えするのが趣味なのか。
いや、別に納得したわけじゃないけど、兎にも角にも、この道具屋に並んでいる衣服の女の子向けの充実度合については何となく理由がわかった気がする。
てか、ルーガとかが着ても似合いそうな服もあるしな。
ともあれ。
この町の仕立て屋さん……キサラさんって人が営んでいる仕立て工房の商品も、しっかりと卸してもらって、お店に並べているのだそうだ。
昨日ファン君が買ってきた古着のような、シックで大人しめな色彩の衣装とかも色々とあるようだし、そっちが仕立て屋さんの作品かな?
下着類とかもあるようだし、あ、普通の布みたいなものも売ってるんだな?
これは、自分で服を作ったりするような人用かな?
あ、そういえば。
「この町の服の素材って何なんですか?」
「多くは、モンスターの素材が多いですね。『迷いの森』の一角に、オレストシープっていう友好的なモンスターさんが住んでまして、彼らに食料と交換で毛を刈らせてもらったりしていますね。後は、ミニチュアスパイダーの繭玉とかを集めたり、ですね。どちらも無制限で採れるものではありませんので、それなりに高価になってしまいますから、キサラさんの工房では、古着なども再利用したりもしているんですよ」
なるほどな。
ほとんどがモンスター素材でできているってことか。
ふうん、植物系の素材はあんまりないんだな?
麻みたいなのがあったら、油とかも何とかなりそうに思ったんだけど、そういうのはないようだ。
その、オレストシープの毛が主要素材ってことで間違いないらしい。
蜘蛛の繭の方が、肌触りはいいらしいが、残念ながら、素材があんまり採れないのだとか。
ちなみに、仕立て屋工房とは、若干の値段の差があるそうで、その辺は比較したうえで購入を検討した方がいい、とは言われた。
どうやら、道具屋の方が少し値段を上乗せされているらしい。
「あれ? それで売れるんですか?」
「物によりますね。私の作品を扱っているのはここだけですし。そもそも、このお店は、この町の商業ギルドにとっての直営店という扱いになりますので。ですから、あまりいらっしゃいませんが、町の外からやって来られた行商人のかたや、冒険者の方々への対応は、基本ここで行なっているわけです」
外向けの基準価格ですね、とキャサリンさんが微笑む。
何でも、ここで鑑定業務のお仕事をすることで、キャサリンさんから、この町での基準価格についても、並行して教わることができるそうだ。
はあ、なるほど。
商業ギルドが完全に絡んでいるお店ってことなんだな。
「私のお店でクエストを発注しているのもそれが理由ですね。商売の基本と言うのもおこがましいですが、どの商品がどのぐらいの価値があるのか、そういったことがわからないかたのために、商業ギルドとしてもお手伝いしているのが現状です。そうして、お仕事をしつつ、文字や計算などを覚えて頂ければ、今後、商人が増える下地になりますしね」
ふむふむ。
なんか、よくわからないクエストだと思ったけど、そんな意味があったんだな?
俺たちみたいな迷い人にとって、その手の経済観念が欠けているケースも多いので、雑用を通じて商業についても学んでもらう。
もし、『鑑定眼』のスキルを持っていたら好都合で、商品チェックも兼ねて、価格などについても教えることができるから、と。
ふうん。
そういうことなら、俺も後で受けてみようかな?
今は、クエストが立て込んでいるから、もう少し余裕ができたら、だけど。
「そういえば、『護衛』のクエストもありましたよね?」
「ああ、イザベラさんに同行するクエストですね? あちらは、取引の現場に同行して頂くことで、そちらのやり取りなどについても学んで頂くためのクエストでもあります。もちろん、護衛として、どうあるべきかも勉強して頂くことになりますが」
なるほど、それで『商業系』のクエストなんだな。
というか、そもそもそのイザベラさんって人も護衛とか必要なくて、むしろ逆に『護衛の仕方を教える』ためのクエストってのには驚いたけど。
割と、冒険者にとって護衛任務はあるらしいけど、それがあまり商業ギルド側にとってよろしくない護衛なども多かったため、この手のクエストが生まれたらしい。
はあ、何か色々あるんだなあ。
うーん。
そう考えると、初期のクエストで変なものってあんまりないよな。
どれも、やってみるとそれなりには役に立つものばかりってことか。
そんなことをキャサリンさんと話ながら。
ちょうど、薪などの燃料用のアイテムも売っていたので、そっちは購入しておく。
これ、サティ婆さんのところで『調合』を行なうのに必要だしな。
あ、そういえば、いわゆる消費系のアイテムはそれほど並んでいないんだな?
薬とかがないのは、まあ、仕方ないとしても、もうちょっとゲームならではのお助けアイテムみたいなものがないか、期待していたんだが。
「薬や魔法アイテムについては条件付きの販売になります。ですから、店頭には並べられませんね。そうですね……今のセージュさんでしたら、条件を満たしておられるようですから。ですが、申し訳ありませんが、お連れ様はこちらでお待ちいただくことになりますね」
あ、その手のアイテムもあるんだ?
どうやら、薬に関しては、『薬師』関連の情報を持っているかどうかが条件になっているようだな。
それとなく、サティ婆さんの方から俺の話が伝わっていることを、キャサリンさんが教えてくれた。
ただ、サティ婆さんが薬師であることを知っているだけじゃなくて、自分も多少は薬作りに携わっていることが条件でもあるようだな。
ちなみに、魔道具の方は、俺とルーガとなっちゃんにはラルフリーダさんの許可が下りているので、一緒に見るぐらいは問題ないらしい。
うーん。
薬関係の方だけが緘口令を敷かれているような感じなのかね?
まあ、薬師ギルドの話を聞いている感じだと、店を持たない薬師が堂々と商品を卸しているのがまずいのかもしれないから、案外、そっち対策なのかもしれないけど。
うん、そういうことなら薬は後回しでいいや。
今はルーガに町を案内している途中だし、たぶん、今日、サティ婆さんのところにルーガも連れて行ったら、そっちの条件も満たせるようになるだろうから、その後で一緒に来てもいいしな。
今日のところは、魔道具のコーナーのチェックだけでいいや。
「じゃあ、そろそろ、魔道具のコーナーを見せてもらってもいいですか?」
「はい。ではこちらへどうぞ。私の後についてきてください」
そんなこんなで、キャサリンさんに連れられて、お店の奥にある部屋へと向かった。
扉に魔法陣のような紋様が刻まれた部屋。
その封印のようなものをキャサリンさんが解除して、ようやく、魔道具が置かれている部屋へと入ることができた。
やっぱり、物が物だけにそれなりには厳重なようだな。
部屋の中の印象もどこか薄暗くて、さっきまでとは大分違うし。
今までのお店が、普通の木造の雑貨屋という風情だったの対して、この魔道具のコーナーは四方の壁にも、何やら不思議な紋様が描かれていて、どこか、魔術的な雰囲気を感じさせる作りになっていた。
ラルフリーダさんの家とは違う意味で、不思議な感じを受ける。
やっぱり、これでこそファンタジーというか、どこか魔法学校とか魔法街のイメージに近いというか。
うん! やっぱり、こういうのはわくわくするな。
ただ、部屋の中に並べられているアイテムはそれほど多くはないらしい。
やっぱり、魔道具となるとそれほど数は置いてないのかな?
「ここに並んでいるのが魔道具、ですか?」
「はい。うちで扱っているのは簡易的な魔道具がほとんどですけどね。本格的な魔道具となりますと、どうしても一品ものが多いですし、作り手の方と直接交渉して、作って頂くことになりますので、商品という形でお店に並べられるものは、種類が少なくなってしまうんです」
例えば、とキャサリンさんが続けて。
「ここにあるのは、魔力を流すことで、その属性の魔法を発動させるアイテムがほとんどですね。こちらが火を起こす魔道具です」
「あ、これは、サティ婆さんの家の台所で見たことがありますよ」
キャサリンさんが示してくれたのは、火の魔石に魔力を通すと、簡単な発火装置として使えるアイテムだった。
棒状になっていて、棒の先端に魔石が付いていて、そこから火が生まれるのだ。
それだったら、俺もサティ婆さんの手伝いで使ったことがあるものな。
「そうですか。確かにサティトさんでしたら、それ相応の魔道具を所持されているでしょうしね」
「ええ、そうですね……って!? え!? この魔道具で、1,000,000Nもするんですか!?」
うわっ、高くね!?
こんな火打石の代用みたいな機能のアイテムでもそんなにするのか!?
いや……よくよく、他の魔道具も見てみると、どれもこれも値段が最低でも六桁以上になっていることに気付く。
うわあ、魔道具って、高価なんだなあ……。
比較的安いのは、アイテム袋の辺りか?
それだったら、さっきキャサリンさんから聞いた通り、最安値が250,000Nになっているわけだし。
「魔道具って、随分な値段がするんですね……」
「はい。こちらにあるのはまだ安い方ですよ? ですが、それなりに厳重な扱いをする理由がおわかりいただけましたでしょうか?」
ええ、よくわかりましたよ。
というか、冒険者ギルドでグリゴレさんが含み笑いをしていた理由がよくわかったよ。
今日、俺が受け取った報酬でも、魔道具を買うにはまだまだ物足りなかったってことか。
普通に暮らすだけなら、それほどお金はかからないけど、必要に応じて、便利な魔道具をそろえるとなると、それなりにお金が必要、って。
いや、すごいな。
今の所持金でも心もとなく感じるぞ?
目の前に並ぶ魔道具を見ながら。
その値段に圧倒される俺なのだった。




