第97話 農民、道具屋の商品を見る
「なるほど……やっぱり、日用品が多いんだな」
キャサリンさんの道具屋に並んでいたのは、この町で生活するために必要な生活雑貨が多かった。
ジャンル内での種類はそれなりだけど、そのジャンルについては、かなりの広範囲に渡ると言ってもいいだろう。
お店の規模を考えると、その種類はかなりの数にのぼる。
家具などは、テーブルや椅子、ベッドのような寝具も置いてあるし、木製家具のレパートリーはそれなりに多彩だと感じた。
もっとも、ベッドにせよ、椅子にせよ、純粋に木を加工した作品という感じで、けっこう硬かったので、向こうと比べると品質はそれなりなのだろうとも思ったが。
そういえば、サティ婆さんの家の寝具もそれなりには硬かったしな。
まあ、そこで本当に寝るわけじゃないので、あんまり気にしなかったけど。
そういう意味では、技術面では、向こうよりもちょっと時代が古い感じの印象を受けた。
魔法って便利な技術があるんだから加工技術も進んでいそうなものだけど、その辺はそこまで魔法の恩恵を受けていないというか。
まあ、その辺はゲーム的な都合もあるのかも知れないな。
料理もそうだったけど、迷い人が技術向上イベントとかに関われる余地を残してあるのかもしれないし、もしかすると、他の国ではずっと技術が進歩しているところもあるのかも知れない。
その辺はまだ何とも言えないよな。
家具、食器、日用雑貨、木製工具。
あ、そうそう。
工具などに関しては、金属製のものはオーギュストさんの武器屋で売っているのだそうだ。
一応、そういう形で棲み分けができているらしい。
鉱石類の素材や、金属のインゴットなんかも、そっちの武器屋で、ってキャサリンさんに言われてしまった。
「あっ! 木のくわ、発見!」
おー、農具だ、農具だ。
あ、そっかそっか。
こっちの道具屋だったら売っていたってことか。
何となく、農具と言ったら、金属製のイメージだったから、こういうのがあるってのは意識してなかったよな。
「そうですね。基本、畑仕事をされる方は、土魔法を使われますから、あまり道具に頼ることはないようですね。金属で作った場合、値段も高くなりますし、専業で畑仕事をされる方が少ない以上は、この町での需要はほとんどない、ということになります」
「あ、農具を使わないんですか?」
「はい。オレストの町の場合ですと、土魔法で耕すのが主流ですね」
まあ、そうだよな。
俺も土魔法で、穴を掘ったり、穴を埋めたり、整地したりやったもんな。
今よりもレベルが低くても、何とか使えたし、確かに土魔法を覚えているものがいれば、農具とかいらない気もするな。
うん、意外と便利だな、土魔法。
キャサリンさんによると、畑を耕すための魔技もあるらしいし。
それは便利そうなので、ぜひ覚えたいところだな。
もっとも、今は魔法屋はお留守だけど。
そっちが解決しないうちは、自分で試行錯誤した方が良さそうだ。
ちなみに、土魔法の使い手が少ない土地では、金属製の農具なんかも発達している場所もあるのだとか。
いや、そういう話を聞くと、そっちの土地まで行って、農具を買って来る、とかでも良かったような気がするぞ?
まあ、ペルーラさんに『鍛冶』を教わるのも楽しそうだから、それはそれで、だけど。
とりあえず、木製農具は一通りチェックしておこう。
俺だけなら、確かに土魔法で何とかなるかもしれないけど、ルーガも畑仕事は手伝ってくれるっていってるし、俺自身、今みたいに土魔法が発動しなくなることもあるから、そういう時に備えて、道具を用意するのは大事だろうし。
何より、これで、武器として農具が使えるのだ。
いやあ、長かった。
今、俺が持ってるスキルの中で放ったらかしになってるのって、『農具』のスキルだしな。
まあ、長かったって言ってもまだ三日目だけどさ。
「この木のくわ以外に、農具ってありませんか?」
「ございますよ。店頭に並べているのが、あくまで最小限のものだけですから。セージュさんは、うちの地下でアイテムの預かりを行なっているということはご存知ですか?」
「あ、はい。さっき、冒険者ギルドで聞きました」
一見すると、ただの道具屋に見えるこのお店の地下が、実はアイテム倉庫屋にもなっているという話だ。
最初に町を巡った時には気付かなかったし、倉庫の存在を聞いた後も、なかなかたどり着けなかったのだ。
というか、まだ『けいじばん』でも倉庫に関する情報が出てきていないのだ。
……もしかして、これ、アップデート分か?
フレンドコードもそんな感じだったけど、こっそり町の作りまで更新されていそうで、けっこう怖いのだ。
というか、『PUO』の運営だとそういうことをやりかねないし。
ナビさんとかの『けいじばん』での反応を見ると、特にそう感じる。
たぶん、良い意味で迷い人を楽しませようって意図もあるんだろうな。
ビーナスとかのイベントって、リアルタイムで様子を見てたんじゃないか? って感じの反応もあったしな。
となると、一度確認した場所とかも、時間を置いてチェックした方がいいかもしれないぞ。
少なくとも、『内容を更新しました』って、ぽーんはなさそうだし。
『ゲーム内でお確かめください』だものな。
ともあれ、倉庫の話だ。
「そちらの貸し倉庫と、うちのお店の在庫を置いてある倉庫は同じところになります。ですが、倉庫と言いましても、品質を維持するのは難しいです。アイテムをお預かりしますが、その扱いはアイテム袋と同等の劣化が生じることがある、とご理解ください」
「あ、なるほど。品質の劣化は起こるんですね?」
「はい。基本はアイテム袋と同じですから」
システム上は、アイテム袋と同じ。
なので、無条件でずっと同じ品質で預かることは不可能なのだそうだ。
それができるなら、そういうアイテム袋を作ります、とのこと。
まあ、ごもっともな話だよな。
要するに、劣化しにくいものを預けるか、預かりについては短期で済ませる方が無難ってことらしい。
金属製品や鉱石などの素材は劣化しにくいので、そっちには向いている、と。
「ですから、定期的に、お預かりしておりますアイテム類の品質などの確認作業が必要となるわけですね。そちらの作業をクエストとしてお願いしているわけです」
ほぅほぅ、そういうことか。
それで、『キャサリンさんのお手伝い』で鑑定業務があるってわけだな。
突然、預かるアイテムが増えたりすることがあって、そういう時は、かなり泣きが入るような忙しさになるのだとか。
それこそ、猫の手も借りたいぐらいに。
なので、仮に『鑑定眼』を持っていない冒険者でも、キャサリンさんの代わりに店番をしてくれれば、それはそれでありがたいのだとか。
詳しく話を聞いてみれば、ごくごく当たり前の話だよな。
納得。
今も、ヨシノさんが鑑定業務を手伝っていて、ファン君がキャサリンさんの代理として、店番をしていたってわけだな。
「いえ、店番ではなく、看板娘役です。先程も言いましたが、私の趣味です」
こんな可愛い子を着飾らせなくてどうしますか! とキャサリンさん。
……えーと?
何となく、ファン君のことを話す時にキャラ変わってないか、この人。
どうやら、可愛い子を愛でるのが大好きらしい。
いや、ファン君、中身は男の子なんだけど。
少なくとも、ファン君ってば、キャサリンさんに気に入られてしまったのは確かなようで、本来だったら、ちょっと年齢的にはもう少し簡単なお仕事の手伝いでないと受けられなかったはずなのに、普通に店番の仕事をさせてもらえたらしい。
「いえ、可愛さだけではありません。ファンさんの計算能力でしたら、十分に簡単な会計作業もこなせますから、きちんと適材適所の配置ですよ」
「お手伝いできて、ぼくも嬉しいですよ。そろばんが役に立ちました」
そう言って、笑顔を浮かべるファン君。
お店の店頭で売り子みたいなことをするのは初めてだったらしくて、これはこれで新鮮な経験なんだとか。
いや、ファン君の年齢だったら、売り子の経験がなくて普通だろ?
あ、いや……俺の場合は、もうやらされてたか。
野菜の特売に群がるお客さまをいかにさばくか……うん、あれはあれで良い経験か。
あんまり思い出したくないけど。
まあ、実際、ファン君が店先に座ったおかげか、今日の分の売り上げも増えたのだそうだ。
いや、確かに、この可愛さだとお客がつい商品を買うのもわからないでもないか。
俺も、本当の性別を知ってなかったら、危なかったかもしれないし。
「あの、私の趣味はさておき、話を戻しますと、店頭に並べていない商品も、倉庫の方にはかなりの数が存在しているわけです。物によっては、すぐに在庫をお調べすることができませんが、お探しのものがございましたら、控えさせて頂きますが」
後日改めて、商品を並べさせていただきます、とキャサリンさん。
要するに、前もって、『こういう商品ある?』と尋ねておくと、日を跨いで、その在庫があれば、店先に並ぶようになるのだそうだ。
もちろん、その上で満足のいくものがなければ、無理に購入する必要はないとのこと。
その辺も、道具屋としてのサービスの一環なのだそうだ。
こっちの世界って、アイテム袋があるから、この手のアイテムの移動とかもそんなに大変じゃないようだしな。
「でしたら、農具に関してお願いします」
品質云々以前に、そもそも農具が手元にないから、これに関しては、必ず購入することになるだろうしな。
そう、キャサリンさんに伝える。
「はい、かしこまりました。明日にも並べておきますので、どうぞご来店ください」
「わかりました」
良かった。
これで、明日には色々な農具を買うことができそうだ。
どんなものがあるか楽しみだな。
そんなことを考えつつ。
引き続き、道具屋の商品確認は続く。




