第96話 農民、道具屋を訪れる
「うわぁ、あそこの家、随分と人がいっぱいいるね」
「きゅい――♪」
「ああ、あそこが『大地の恵み亭』だよ。お金を払うと食事を出してくれるお店だな。俺たちも後で顔を出すとして、今は他のところから巡っていこう」
何となくだが、さっきよりも『大地の恵み亭』が混雑している気がするんだよな。
おそらく、ユミナさんの新しいスープのせいだろうけど、さすがにここまで混んでいる時に顔を出すのが悪い気がするので、他のところを回ってから、最後にやってくることにした。
たぶん、俺の場合、例のクエストの件も残ってるしな。
他のお客さんでにぎわっている時に、そういう話になっても迷惑なだけだろうから、その辺は気を遣うことにする。
それでも、ルーガかなっちゃんがお腹を空かせているなら別だったが、たぶん、今の俺と同じで、ラルフリーダさんの家で飲んだドリンクの満腹感が残っているのだろう。
取り立てて、お腹も空いていないようだし。
そういうわけで、まずはキャサリンさんの道具屋へと行ってみることにした。
「はい、いらっしゃいませ! ごゆっくりどうぞ……あっ!? セージュさん!」
「あれっ!? ファン君……だよね? どうしたの、こんなところで」
キャサリンさんの道具屋へと入ってみたら、なぜか知り合いが店頭で接客をやっているのであった。
というか、ファン君なんだけど。
一瞬、誰かわからなかったのは、その服装とか髪型が変わっていたからだ。
昨日、俺と一緒だった時に着ていた子供用の古着でもなければ、最初に出会った時に纏っていた赤い着物でもない、もっとひらひらとした飾りが散りばめられたフェミニンな洋服を着たファン君が、道具屋で店番をしていた。
薄ピンク色のメイド服っぽい衣装だ。
というか、だ。
元が男の子だって考えると、この可愛さは異常だぞ?
昨日もそれとなくは気になってはいたけど、ファン君ってば、仕草とか雰囲気もどことなく女の子っぽいんだよな。
こういう言い方を子供相手にするのはどうかと思うけど、色というか、艶のようなものを立ち居振る舞いから感じるのだ。
えーと、これも歌舞伎の世界だと普通なのか?
「セージュ、知り合い?」
「きゅい――?」
「ああ、昨日知り合ったばかりだけどな。ドワーフのファン君だ――で、ファン君、こっちがルーガで、俺の側を飛んでいるこの子がなっちゃん。ふたりとも、俺と一緒にパーティーを組んでくれている仲間だよ」
「わたし、ルーガだよ。よろしくね」
「きゅい――――♪」
「あ、はい! こちらこそよろしくお願いします。ファン・ファーストリバーって言います」
俺が紹介すると、それぞれがお互いであいさつをしてくれた。
と言っても、さすがにファン君もなっちゃんの存在にはびっくりしたみたいだけどな。
『モンスターの人も仲間になるんですね』と感心していたし。
まあ、それはそれとして。
「ファン君、どうして道具屋に? というか、その格好はどうしたの? 店番にしては随分と目立つような気がするんだけど」
「はい、今、ぼくたちは『商業系』のクエストをやっているところなんです」
ペルーラ師匠の弟子入りは、もう少し先になりそうですから、とファン君。
あー、そういえば、俺もあったもんな『商業系』のクエスト。
なるほどね、これが『キャサリンさんのお手伝い』ってことか。
「ぼく、ヨシノ姉さんと違って、『鑑定眼』のスキルを持っていなかったので、その代わりに、お店番をしているんです」
「あ、そういえば、ヨシノさんとリディアさんは?」
「ヨシノ姉さんは、別の部屋で鑑定のお手伝いをしてます。リディアさんは、護衛ついでに、さっき買ってきたスープをゆっくりと飲みながら、荷物整理をしてます」
「へっ!? スープを飲みながら?」
「はい。リディアさん、あの、よくわからない魔法で、両手を使わないで、荷物をふわふわと浮かせて運べるんですよ。それで、それをやりながら、スープを飲んでいるんですね」
ファン君の話だと、大きめの荷物の移動とかをリディアさんがやっているらしい。
本当は、クエストを受けているわけじゃないので、手伝う必要はなかったんだけど、ただスープを飲んでいるだけだったら、ということで、キャサリンさんから手伝うように頼まれたのだそうだ。
で、リディアさん本人も嫌ではなかったようで、荷物運びをしている、と。
「というか、そのスープってもしかして……」
「はい。ユミナさんが作った新しい、うさぎのスープだそうです。いつの間にか、買って来てましたよ」
ずっと一緒にいたはずなのにすごいです、とファン君が笑う。
というか、話を聞けば聞くほど、リディアさんって何なの? って思うけどな。
ちょっとした妖怪みたいな感じだ。
あー、もしかして、妖怪種か?
ハイネも確か、妖怪って、見た目だと判別できないって言ってたしな。
案外そうなのかもしれない。
「それにしても、改めて見るとすごい格好だよね」
「そうですね。ぼくも最初はびっくりしましたけど、これもゲームですし、そう思えばそれほどは気にならないですよ」
「こっちの世界だと道具屋の店番でこんな格好をするのかね?」
「いえ、これは私の趣味です」
「えっ!?」
不意に俺とファン君の会話に、女の人の声が加わっていた。
びっくりして、声がした方を振り返ると、そこにはヨーロッパとかそっちの山村の民族衣装のような服を着た女性が立っていた。
ふわわんとした天然パーマの茶色い髪の女性。
見た感じはお姉さんというよりも、大人の女性という年齢だろうか。
もちろん、うちの母親よりは若い感じだけど、どこか家庭的な印象を受ける人だ。
というか、突っ込み忘れてたけど、趣味って。
今のファン君の服装が、ってことだよな?
「いらっしゃいませ。この道具屋を営んでおります、キャサリンです。あの、道具屋のお客さんでしょうか? それとも、クエストを受けに来られたかたですか?」
あ、この人がキャサリンさんか。
ほわほわしていて、あんまり商人っぽくないけど、このお店の店主さんらしい。
「あ、はい、道具屋のお客として来ました」
「わたしは町中を巡るってクエストの途中だよ」
「きゅい♪」
「あら、そうでしたか。お店のお手伝いのクエストではないのですね?」
ふむふむという感じで頷くキャサリンさん。
その間にも、俺とルーガとなっちゃんがこの店へとやってきた経緯と、自己紹介なんかを簡単に済ませておく。
ルーガはクエストの最中で、俺はその監督をしつつ、さっき冒険者ギルドで言われてきたように、新しいアイテム袋を探しに来て、なっちゃんはそれに付き合ってくれている、とそういう感じで。
「あら、あなたがセージュさんですか? 存じ上げていますよ、何でも、ここ数日でやってこられた迷い人さんの中でも、とりわけ、面白い行動をとられているかただそうで」
「すごいですね、セージュさん。有名人なんですね」
いや、ちょっと待て、ファン君。
それに、キャサリンさんも。
えーと……これって、キャサリンさんが道具屋をしているから知っているってことなのか? それとも、そういうのとは関係なく、町の住人の間で噂にのぼっているってことなのか?
何だか少しずつ大事になっているような気がするぞ?
「でも、セージュさん、ぼくらテスターの中でもかなりクエストを進めている人だと思いますよ? そもそも、ぼくらの弟子入りもセージュさんのおかげですし」
「いや、それ、ただの偶然だから」
別にあれは狙ったわけじゃなくて、たまたま俺がペルーラさん宛ての紹介状を持ってたってだけだろ?
それに、話の流れを作ったのは、確か十兵衛さんだった気がするぞ?
そういう意味では、俺も大したことはしてないんだが、どうも、ファン君の中では、そういう評価になってしまっているらしい。
……おっかしいなあ。
「あら、ですが、アイテム袋を探しに来られたのでしょう? それでしたら、それなりのお力はお有りではありませんか? 一番安い品でも、250,000Nはしますからね。アイテム袋も一応を魔道具の扱いになりますので、それ相応のクエストをこなしたかたでなければ、お売りできませんし」
「ええっ!? そんなにするんですか!?」
「そうですよ、ファンさん。ですが、事実、私の方にも魔道具のコーナーへのご案内の許可が出ておりますので、つまりはそういうことでしょうね」
「すごいです、セージュさん!」
「いや、ファン君……君もそれだったら買えるから」
「はい?」
いや、きょとんとしてるけど、例のミスリルゴーレムの討伐報酬なら、ファン君ももらえるでしょ。あれ、五等分でも800,000Nだから、安めのアイテム袋なら買えるから。
そう、ファン君に説明する。
「えええっ!? そんなに頂けるんですか!?」
「うん。あ、そうそう、ファン君たちが受け取りに行く時は、リディアさんも一緒に連れて行ってね。あの人、この手の報酬はあんまり受け取らないで逃げるみたいだから」
後で本人にも伝えるけど、念のため、ファン君にも頼んでおく。
一応、護衛任務だから、ファン君が一緒ならギルドに顔を出してくれるような気がするしな。
「わかりました……それにしても、びっくりですよ」
いつの間にか、すごいことになってたんですね、と感心するファン君。
うん、それは俺も同感。
いっそのこと、俺が感じている困惑を共有できる仲間になるといいよ。
そのうち、歩けば、クエストにつまづくようになってくるから。
「それでしたら、どうなさいます? まず、店内を見て頂いてから、魔道具のコーナーへとご案内しましょうか?」
うちのお店に来られるのは初めてですよね? とキャサリンさん。
うん、そうだな。
ちょっと、どういう道具が並んでいるのかは興味があるしな。
ルーガたちも、店の中にある道具類に目を遣っているようだし。
「わかりました。魔道具の方は後でお願いします」
「かしこまりました。では、ご希望の際は私までお願いいたします」
そう言って、ファン君の横の椅子に座るキャサリンさん。
どうやら、本来の店番はキャサリンさんの仕事のようだな。
何となく、ふたりが並んでいると、ファン君が背伸びして、お手伝いをしているようにしか見えないけど、それはそれで和むというか。
そんなことを考えながら。
俺たちは店に並んでいる商品をひとつひとつ見ていくのだった。




