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第95話 農民、報酬にあたふたする

 幸いというか、金貨一袋だけのスペースだったら、すんなりと確保することができた。

 ビーナスの苔を採取する時に一緒に入れてしまった分の土を捨てるだけで、今もらった分の金貨は入れることができるようになっていたのだ。


「そうか、セージュはもうアイテム袋がいっぱいになっていたんだな?」

「はい。何だかんだで素材が多いんですよ」


 ラースボアの素材やら、ミスリルなんかの鉱石類やら、さっき平原とかで集めてきた素材とかで、冒険者ギルドから借りているこの袋は、もういっぱいになってしまったのだ。

 いや、それでも、袋の外に出した量を考えると、最初に手にした袋で、こんなにたくさんのアイテムが入れられるってのはありがたいんだけどな。


「だったら、今もらった報酬で自分用のアイテム袋を購入したらどうだ? この袋も魔道具の一種だからな。それなりに高価ではあるが、今のセージュなら、それなりの質のものを買うことができるはずだぞ?」

「あっ、それはいいですね」


 そうだよな。

 よくよく考えれば、今使っている袋も借り物だしな。

 お金があるうちに、ギルドからの借り分を減らしていった方が無難だって話だし。


「グリゴレさん、アイテム袋ってどこで売ってるんですか?」

「キャサリンさんが営んでいる道具屋だな。アイテム袋はそれなりに高価だから、普段は店頭には並んでないからな。店に行ったとしても、気付かないかもしれないな」

「あ、そもそも、俺、道具屋が開いている時に立ち寄ったことがないです」

「そうなのか? あの店、この町の雑貨屋でもあるからな。生活に必要なものを探すのなら、まず行ってみるものだと思っていたがなあ。さっき、ルーガにした説明でもそのことは触れたろ?」

「うん、道具屋さん、大事、って」


 グリゴレさんの言葉にルーガも頷く。

 いや、俺も興味はあったんだけど、単純に間が悪かっただけだと思うぞ?

 それに、俺の場合、サティ婆さんの家に泊めてもらえることになったから、そっちの心配よりも先に、積み重なっていくクエストの方が気になってしまっていた感じだし。

 ごはんを食べるための食器とか、寝袋とか、そっちは後回しになっていたしな。


「まあ、どっちにせよ、この後、ルーガの監督として町を巡るんだろ? だったら、そのついでに道具屋に行った時にでも、色々と売っている商品を見ておくんだな。それなりに金を持っているのがわかれば、キャサリンさんも魔道具のコーナーへと案内してくれるはずだ」

「そうなんですか?」

「ああ。おそらく、セージュのことは町長からも話が行っているだろうしな」


 ふむ。

 魔道具の販売とかは、一見さんお断りって感じなのか?

 そっちもラルフリーダさんの許可みたいなものが必要なのかもしれない。

 あるいは、話が進みやすいように、前もって伝えておいてくれるだけなのかもしれないけどさ。

 うーん。

 何となく、雰囲気はおっとりしてる感じだったけど、ラルフリーダさんもそれなりには動いてくれているみたいだな。

 家のある結界の中からはめったに表に出てこないって話だったけど、この手の伝言とかは伝えたりしているんだな?

 その辺って、どうやってるんだろ?

 ペルーラさんたちみたいな遠距離での連絡ができる手段でもあるのかね?

 それとも、クリシュナさんたちが連絡係にでもなってるとか。

 まだまだわからないことが多いよなあ。


 ともあれ。

 今受け取った報酬の使い道が決まったな。

 まずは、色々と冒険者ギルドの借り分を精算する、と。


 とりあえず、今できることとして、俺が借りている装備品の分を支払うことにした。

 『初心者のショートソード』と『ホルスンの革鎧』の分な。

 アイテム袋は、今返却しても持っている分のアイテムが運べないので、そっちは道具屋で別の袋を購入してから、という風になった。


「よし、確かに装備品の分は受け取ったぞ。こっちがお釣りな。これで、セージュが装備している分は自分のものになったってわけだ。おめでとう」


 ギルドからの借金がなくなって初めて、駆け出しから一人前の冒険者に格上げとなるらしい。

 俺の場合は、アイテム袋を返せば、一人前だな。


「まあ、もっとも、一人前になった後でも、またギルドから借りを作るやつも多いからなあ、俺みたいに。だから、あくまでも目安ってだけだな」


 そういう意味では俺も半人前だ、とグリゴレさんが苦笑する。

 ケガとか、装備品を破損せずにお金を稼ぐのってなかなか難しいのだとか。

 簡単なクエストの報酬って安いみたいだしな。


 あ、そうだ。

 今の俺の所持金なら、ルーガの分も払えるよな?


「グリゴレさん、ルーガの装備品の分も俺が払ってもいいですか?」

「えっ!? セージュ、それは悪いよ」

「ああ、ルーガの言う通りだ。セージュの気持ちもわからないでもないが、それはダメだ。最初の借り分に関しては、自分の稼ぎから返すってのが決まりだからな」

「あっ、そうなんですか?」


 へえ、そういう決まりがあるのか?

 グリゴレさんによると、それを認めてしまうと、一人前の基準がおかしくなるから、だそうだ。


「そもそも、冒険者ギルドが新米をサポートするのは、きちんと自分の力で生きて行けるようになるため、だからな。誰かが代わりに払いました、じゃあ、当の本人のためにならないだろ。こういう部分で甘やかすと、後でツケがまわってくるからな。それにな、そういう考え方は、むしろ相手に対して失礼にあたるぞ。ルーガの力量を信じられないってことだからな」

「そうですね、すみません、気を付けます」


 結局、俺がやろうとしたことは自己満足ってことだよな。

 というか、どっちかと言えば、いきなり降って沸いた報酬に、ちょっと俺自身も困ったって部分があったんだけどな。

 少なくとも、もう何もしなくても、テスター期間中は充分に暮らせてしまう額だ。

 向こうとはお金の価値が違うんだろうけど、さすがに高校生の身で現金で六百万持っている状態ってのは、やっぱり落ち着かないのだ。


 ただ、それだとルーガがお金について学んで、それをどうやって稼ぐのかって部分で試行錯誤するのに妨げになってしまう、と。

 うん。

 それは良くないよな。

 ちょっと反省だ。


「悪かったな、ルーガ」

「うん、大丈夫。わたしが頑張るのは当たり前だよ? セージュは一緒にいてくれるって言うけど、しばらくはお爺ちゃんのところまで戻れないわけだし、わたしもしっかりしないといけないから」


 こっちで生きていくためにどうするかを覚えるの、とルーガが意気込む。

 むしろ、ルーガのそういう想いを大切にしないといけないよな。

 こっちだと、14歳でもそれなりには一人前として扱われるって感じのようだし、年下だからと言って、子供扱いとかはやめることにしよう。


「まあ、セージュも一攫千金だから動揺するのはわかるが、その金額でも魔道具とかを買うなら、それなりには減るからな。冒険者の多くが、ギルドから借り分を抱えている理由がその辺にもあるわけだしな」


 そういうものか。

 もしかして、グリゴレさんが借金を抱えて、こうやってギルドの仕事をしているのも、大きな買い物をしたからなのかもしれないな。

 うーん。

 やっぱり、冒険者ギルドって、優しいだけの組織じゃなさそうだ。


「後は、そうだな……ルーガの監督がひと段落したら、またギルドまで戻ってくるといい。その後にでも、セージュが管理を任された畑のところまで案内するからな」

「あれ? 今すぐだとまずいんですか?」

「まあな。割と急な話だったので、今日の分の収穫のクエストが終わっていないんだよ。そっちを終わらせて、きちんと引き渡すための準備が整うまでもう少し待っててくれ」


 あ、そうか。

 そういえば、畑仕事のクエストもあったんだっけ。

 そっちでアルガス芋の収穫をしてから、ってことか。


 やっぱり、トントン拍子で話が進んでも、現場の対応は追いつかないのはどこにでもある話のようだ。


「わかりました。そういうことでしたら、ルーガにこの町を案内してきますよ」


 というか、案内もそうだけど、俺も行ったことがない場所が多いから、ルーガに付き添いつつ、そっちにもしっかり顔を出しておきたいってのが本音だけどな。

 とりあえず、道具屋と肉屋、それに革職人の工房か、あと、商業ギルドにもな。

 その辺には顔を出しておきたいぞ。

 アイテムの預かり倉庫に関しては、道具屋の地下にあるんだっけな?

 そういう意味では、キャサリンさんの道具屋って色々と仕事を抱えているのかもしれないな。


「うん、こういう人がいっぱいいるところって初めてだから楽しみ」


 だから色々見てみたい、とルーガが笑う。

 あ、やっぱり、びっくりはしてたのか。

 成り行き任せでラルフリーダさんの家やら、冒険者ギルドやら連れまわしちゃったけど、町に来た時点でそれなりには驚いていたらしい。


「はは、まあ、この町はそれほど大きい町でもないがな。そういうことなら、楽しんでくるといいぞ」

「うん、わかった」


 とりあえず、これで一通りの手続きが済んだということで。

 俺たちはグリゴレさんに見送られて、冒険者ギルドを後にした。

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