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決戦

『彼女は、私が初めてそばにいてほしいと思った女性だ。』


殿下に初めてはっきりと言われた言葉。


今まで手を握られたり、抱きしめられたり、それから…まぁ私のことをどう思っているのか判断に迷うような素振りをされたことはあったけれど、言葉にしてくれたことはなかった。いつももやもやして。変にどきどきして。ただ恥ずかしいだけなのか、殿下だからどきどきしているのか。わからないままで。ううん。もしかしたら気づかないようにしていたのかもしれない。所詮私は身分違いで、ただの身代わり。殿下そばにいるのもおこがましいと思わなといけないのに。でも殿下がそう思ってくれただけでも嬉しい。殿下の凛々しい横顔に見とれ、甘い空気に浸ろうとして、


「嘘おっしゃい。」


すぐに王妃様の言葉で現実に戻された。


「貴方、ハーベスト男爵領にいたのは一週間そこらでしょう?しかもそのほとんどは視察だったはずよ。まさか仕事をさぼって男爵令嬢に手を出したのではないでしょうね。」


王妃様のするどい視線に殿下がすぐに顔を横に振った。


そうだ。そうだった。王妃様は知らないのだ。私が今までダリア様の身代わりをしていて、殿下とは半年近く一緒にいたことを。短くない時間を共に過ごした。しかしそれを言ってしまえば、その間、ダリア様がいなかったことがばれてしまう。これはダリア様にとって良くないことかもしれない。それをわかっているのか、殿下はそのことを言おうとしない。


「一目見て、感じの良い娘だと。細かいところにも気が付くし、振る舞ってくれた料理も美味かった。」


「あら。貴方が一目惚れ?珍しい。」


王妃様はまだ疑わしいという表情をしているが、殿下は憮然とした態度で王妃様と対面している。


私は嘘でも殿下に褒められたのがうれしくて、恥ずかしくて。少し気を紛らわそうとダリア様に目を向けると、なぜか、笑い出したいのを抑えているようで、口元が変に歪んでいる。殿下と王妃様の緊迫した空気にそぐわないダリア様をよそに、二人の会話は続いている。


「ではそちらのお嬢様を愛妾にでもするつもり?」


「妾など、そんなつもりはない。」


「じゃあどうするつもりなの。」


仕方のないことかもしれないけれど、殿下が一方的に言い負かされている。殿下と王妃様の会話に口を挟めるわけもなく、ただただ、居心地の悪い空間に私は縮こまっているだけだ。


それでも、詰め寄られても慌てることなく、元から良い居住まいをさらに正して、殿下は王妃様の隣に座っていたダリア様に向き直った。


「私は、」


「それよりレンギョウ様、わたくしお伝えしたいことがありますの。王妃様も聞いてくださいます?」


ダリア様がふいに笑みをひそめ話し出した。


「…なんだろうか。」


言葉を遮られた殿下は怪訝な顔をしたけれど、少し考えてダリア嬢に譲った。


「わたくし、好きな方ができましたの。そこに控えているアオイと添い遂げたいと思いますので、今回の婚約はなかったことにしていただけないかしら。」


今まで一言も発さず扉付近に控えていた男がびくりと肩を震わす。思わず崩してしまった姿勢はすぐに直されるが、目がきょろきょろとさまよい、最後に縋るようにダリア様を見つめた。ダリア様はそれを楽しそうに見て手を軽く振ると、こちらに向き直った。


「もちろん、こちらの都合で婚約破棄することになりますので、それ相応の対応はさせていただきますわ。我が領との交易の関税減額でいかがかしら。こちらの輸入量が多い鉄鉱石や石炭はわが侯爵家がほぼ独占しておりますので、それなりの利益が生じるかと思いますわ。」


「ダリア嬢、貴女は私に何の手も打たせないつもりか。」


溜息まじりに殿下が首を垂れる。くしゃりと頭をかき整っていた髪が崩れる。


「あら、切れるカードを切っていないのはそちらじゃありませんの。それに。ここは女に譲るべきですわよ。振られて国に帰れないもの。」


「…それもそうだな。婚約者をほおって他の女に目がいった男に、愛想をつかしたということにしておいてくれ。」


「レンギョウ様の評判が落ちますわよ?」


「国よりも別のものを選んだ代償として受け取っておく。」


殿下とダリア様は私と王妃様(それから侍従の男)を置き去りにして話を進めていく。簡単に婚約破棄して、関税を変えて。それでいいのかと思うけれど、私には成行きを見ているしかない。


「二人とも話は終わったのかしら?」


王妃様が手を少し持ち上げると殿下が席を立ちその手をとった。殿下の手を借りて立ち上がった王妃様は私を見て微笑んだあと、殿下を見上げる。


「レンギョウ、覚悟はできているのね。大変なのはこれからよ。」


「はい、あらゆるものから彼女を守ってみせます。」


「そう。」とだけ言うと王妃様は殿下を伴って部屋を出て行ってしまった。

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