視察終了
「こちらの書類に目をお通しください。今後開発される鉱山の利権書になります。それからこちらにも。この先多くの労働者が流れてきますので、寮を建てる土地と設計書の骨子案です。それからこちらは…」
次々に書類を取り出してはその説明をしているのはコーリア様であるが、ハーベスト領主である叔父はその早さについていくのに必死で、コーリア様に対する礼もたまに忘れるくらいだ。しかし何度も根気よく説明を繰り返してもらいながら、ここ最近では稀にみる忙しさに目を回しながらも少しずつ慣れてきている。
いずれ城に士官し、その後叔父を継いで領主になるだろう自分も、簡単な庶務や雑用をこなしながら、時間があるときには書類の読み方を教えてもらっている。コーリア様の仕事裁きの良さと人に教えることの上手さに感動し、ますます尊敬の念は強くなっていく。やはりついていくならこの方だなと。
それにしても…とつい3日前に王都に帰って行った殿下を思い出す。
ハーベスト領の丘陵地に鉱山の開発が決まった次の日に殿下は公務のため王都に戻ることになった。しかし、突然降って湧いた大仕事に大慌てどころか青ざめている叔父の補佐をするために、コーリア様が一人残ることになった。と言っても代わりの補佐役が王都から来るまでの1週間程度の話らしいが。短い期間とはいえ、殿下を一人先に返すことになり少し心配はしていたようだった。
「では、道中お気をつけて。私がいないからと言ってあまり周囲を困らせないように。」
「公務をさぼったことなどないだろう。」
「よく犬に会えないことにイラついて周りを怯えさせているでしょう。」
「マーガレットだ。」
レンギョウ王子殿下のことは苦手なわけではないし、この方はこの方でとても優秀な方だと思うけれど、やはり目指すべきは側近であり、筆頭書記官であり、次期宰相のコーリア様である。
漆黒の髪に藍の瞳、背負うオーラも黒でなんとも格好いい方なのだ。今も不機嫌さが増していく殿下相手に「はいはい」と軽くあしらっている。姉はときどき怯えた目をしていたけれど。畏れることはあっても怖れるなんて。だって次期国王であるレンギョウ王子殿下相手に物怖じしないなんてすごいじゃないか。
「まぁどうでもいいです。さ、早く出発しないと隣町に着くまでに暗くなってしまいますよ。あぁ男爵家の皆様がお見送りにいらしているみたいですよ。声を掛けられたらいかがですか。」
「なんだか投げやりだな。早く帰ってほしいように聞こえるぞ。」
「気のせいでしょう。」
王都に帰るというレンギョウ王子殿下の見送りのため、家の門の前に家族で並んで立っていると、レンギョウ王子殿下が叔父の元に近づいて来た。
「レンギョウ王子殿下。1週間にわたる視察お疲れ様でした。管理を任せていただいた鉱山を、より永きに渡り活用できるよう、ハーベスト領領主として精一杯守って参ります。」
「あぁ。よろしく頼む。」
叔父と握手を交わしたあと僕に目線を向け、頭を撫でてくれる。やわらかい姉の手とは違う、またペン蛸があり骨ばった叔父とも違う、しっかりとした固くて強く大きな手。この手が将来国を守っていくんだと思ったら、撫でてもらえた自分までも強くたくましくなる気がして。
「はい、いずれは僕がこの街を守ります。」
「そうか。頑張れよ。」
無表情ながらも口角が少し上がった気がした。しかし視線はすぐに隣に向けられる。
「殿下…。」
今回ほとんど顔合わせをしなかった姉だ。誰だろうとでも思っているのだと思った。だけど。
「帰るぞ。」
「えっ。」
「いつまで休暇をとっているのだ。お前の職場は王都だろう。」
「ええぇっ!?」
驚き慌てる姉を気にするでもなく手を取ると足早に馬車に姉を押し込み、殿下自身も素早く乗り込んでしまった。面識など無いと思ったけれど城で会ったことがあるのだろうか。
殿下の行動はコーリア様にも予想外だったらしく固まったままその行く先を見ていた。めずらしく口がぽかんと開いたままで。
そして豪華な馬車の窓から顔を出した殿下は
「おいコーリア。お前が帰ってくるときについでにネリネの荷物も持ってこい。」
「え、ちょ、でんっ」
「出せ。」
焦った姉の声が一瞬聞こえた気がしたが、殿下に合図をされた御者の手により無情にも馬車は走り出した。
ふと隣を見あげると叔父と母も同じ表情で固まっていた。殿下と姉は、どうやらただの顔見知りではなかったらしい。




