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夢現

風が吹けば少し肌寒く感じる夜だった。空気が澄んでいるのか星空もきれいに見える。でも今はそんなこと関係なくて。ちっとも寒くない。むしろ暑いくらい。


素晴らしい領主だ。


自分が褒められたわけではないのに、身内が褒められるのはすごく嬉しく、そして照れくさい。貧乏だけど、古臭い家だけど、温かくで大事な家族。大事な故郷。褒められるのはやっぱり嬉しい。


しかしそれを上回るほど自分の心を占めているのは今の自分が置かれている状況なわけで。


殿下に抱きしめられている。


「あの、殿下?」


「……ダリア嬢が戻ってきた。」


呼びかけて返ってきたのは今あまり触れて欲しくない話題だった。だってそれは、殿下たちとの生活を別つ決定的な事柄で、それを認めてしまえば、永遠に混じることの無い世界で生きることになる。国の最高権力者として多くの人の生活を支えていく身。一方の私は地方領主の娘としていずれはどこかへ嫁ぐ。


大変で辛いときもあったこの4ヶ月。夢のようで、嘘みたいで。普通なら絶対に関わり合わない人たちと過ごした日々。


ずっとは続かないこと、終わりはすぐそこまで来ていたことはわかっていた。できればあいまいなままでいたかったと思う。


実家に里帰りすると言ったらじゃあもう帰ってこなくていいと言われるのが怖くて、殿下とコーリア様に直接伝えることができなかった。終わりがこんなに辛くなるなんて始めは思わなかったのに。


「…だから出て行ったのか。」


「え?」


「何も告げずに、俺にもコーリアにも挨拶もせず出て行って。もう戻らないのか。」


「あの、」


「いつになったら戻ってくる?それとも役目が終わったら、俺たちはもう用無しなのか。実家がこんなにも素晴らしいところなら王都にいるなど苦痛なのかもしれないが。」


ちょっと、待って。何この拗ねた子どもみたいな感じ。むしろ役目が終わって用無しなのは私のほうなのではないだろうか?一人惜別の思いに浸っていたらなんだか殿下の志向があさっての方向に向かっていた。心なしか私を抱きしめる力も強くなっている気がする。痛い。痛い。


「待ってください。私は仕事を辞めるつもりはありません。ダリア様が戻っていらしたのですから、元の職場に戻してくだされば…。まだ働かないと。弟も妹も小さいですし、貧乏なのは相変わらずだし、私が稼がないと。」


「では、働く必要がなくなったとしたら?」


「え?」


「…なんでもない。引き止めて悪かった。」


褒めたり拗ねたり一体どういうつもりなのだろうか。少し緩まった腕からせめて顔だけでも出そうと動いていると額の辺りに柔い感触があった。ようやく顔を出して見上げると、そこには少しだけ目じりを下げて表情を崩した殿下の顔。


「殿下、今の。」


なんですか?


「冷えてきた。部屋まで送ろう。」


そう言って離れた殿下と私の間を撫でる風は冷たく、碌な会話もないまま、殿下が何を思っていたのかを聞くことができないまま、部屋の前で別れた。


そして翌朝。


コーリア様と食堂の前で今回の初対面をした。「おは・・・」ようございます、と言おうとしたもののそれを遮って「おわかりですよね。」と笑顔。


「な、なんのことでしょう。いやあの申し訳ありま・・。」


「帰ったら覚えてなさい。」


私の背後少し離れたところにいる母を意識してなのか、笑顔を絶やしてはいないのに、腹の奥がきりりとするほどの重圧を感じる。コーリア様が食堂に入って姿が見えなくなるまで動けないほど、それはもうひどく恐ろしかった。そんなに里帰りしたことがまずかったのかしら。10日ほどで帰るつもりだったのに。


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