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番外編

今更ですが。


バレンタイン&連載一周年記念番外編

今日はバレンタイン。愛情や友情、感謝の想いを誰かに伝える日。巷では菓子業界の陰謀だと言う人がいるけれど、私としては日ごろなかなか言えない想いを伝えるのにいいきっかけになるんじゃないのかなと思っている。


まぁ、そういうわけで、お菓子作りなんてそれほど得意なわけではないけれど。感謝の気持ちを伝えようと城の厨房の一画を借りて悪戦苦闘している。


調理場の人たちに手伝ってもらいながらなんとか小ぶりのチョコレートケーキを作り上げる。カラメルで形作った花を添えて完成だ。何度も練習した甲斐あってか本番の今日はあまり失敗作を量産せずにすんだ。殿下とコーリア様と、それからマルガリータさんたちいつもお世話になっている人たちの分。


殿下とコーリア様には皿に丁寧に盛り付け、お茶と一緒に執務室に持って行った。しかし部屋を訪ねたときにはちょうど忙しく仕事のきりがつかないようで、すぐにティータイムとはいかなかった。残念。せっかくなら味の感想を聞きたかったのに。


後から必ず食べるからと言われ、ケーキとティーセットが乗ったワゴンごとコーリア様に渡して、邪魔にならないように執務室から出た。


いつもお世話になっているマルガリータさん、庭師さん、講師の先生たちにも感謝の気持ちとともにお菓子を渡し終え、調理場に戻ってくる。そこには歪な形をしたケーキとカラメルの残骸が1セット残されていた。こんなもの、人にあげられるものじゃないわよね。思いつく限りお世話になった人には渡し終えたことだし、よし自分で食べちゃおう。


余っていた包装紙で簡単にくるみ、部屋に戻ってティータイムにしようと足を早める。自分では味見程度しか口にしていないそれを、形は悪くとも丸ごと食べられるのだ!甘いものはもちろん大好き。自分で作ったものではあるが、なかなかの味だと自負している。楽しみで浮き足立つのを抑えられず部屋へと続く廊下を小走りしていると、突然曲がり角から見知った顔が現れた。


「わっと、危ねぇ。ってなんだお前か。どうしたんだ?そんなに嬉しそうな顔して。」


「ヴァンさん!」


隣国の王子がどうしてこんなところにいるのだろうか。この先には私の部屋くらいしかないというのに。ほんと、神出鬼没というか。あ、というか、チョコレート。ヴァンさんの分用意していない。完全に頭に無かった。まぁ、まさかフルール城に来るとは思ってもいなかったし、一国の王子がそう頻繁に遊びに来るなんて思わないから仕方がないとは思う。だけど、ヴァンさんにも(一応)お世話になったことはあるのだし、頭の片隅で覚えていても良かったのかも、と少しだけ罪悪感が沸いた。でも、無いものは無いのだ。仕方がない。


「ん?手に何持ってんだ?」


ヴァンさんの目線が下に降り、私の拙い包みにたどり着く。気を抜いていたから手にチョコレートの余りを持っていたことをすっかり忘れてしまっていた。何を持っているのかばれたら、「俺の分は?」と言いかねない。こんな歪なもの、見られたらたまらないと慌てて後ろに隠したのに、それがまずかった。ヴァンさんの意地悪な心に火をつけたのだ。


「何、何?何隠したの。それ。ねぇ、見せろよ。なぁ。」


背が高く、腕も長くて力も強いヴァンさんから、私が逃げられるわけがなかった。あっさりと後ろに回られ持っていた袋を取られてしまい、中まで見られてしまった。


「これチョコケーキ?」


「・・・・・・はい。」


「誰に?」


誰に宛てたものではないけれど・・・ちらりとヴァンさんを見上げれば少し腰を曲げて覗き込むような姿勢で、見とれるほどの綺麗な顔が意外に近くにあって、慣れない私としてはつい顔を反らして照れてしまうほど。


「なぁ、誰に?」


「・・・・・・失敗しちゃったから。」


「したから?」


「あげられ・・・ない…です。綺麗なのを、上げたかったですし・・・。」


返してください、そんな失敗作!というか、その失敗作でさえ食べるのを楽しみにしていたのだけど・・・。どうしてそんなにこのチョコレートケーキに食いつくのか。なぜかヴァンさんの顔はとても優しい笑顔であふれていた。


「でも一生懸命作ったんだろ?それなら、男はそんなの気にしないよ。」


「そう・・・ですか?」


「うん。だって自分のために一生懸命作ってくれたなんて、その気持ちだけで嬉しいじゃん。恥ずかしそうなのも可愛いし。」


えっと、やっぱりこれはチョコ欲しいってことなのかな。私のことをこれでもかというほど褒めて煽てるほどに?


「えっと・・・じゃあ(もう仕方ないし)もらっていただけますか?」


「うん、もちろん!」


「はぁ。」


まぁ、また機会があれば自分で作ればいいかと気を抜いていたら右頬に柔い感触があってすぐにまた離れた。


「礼はまたたっぷりしてやるよ。じゃあな。」


振り向かず手だけこちらに振り、ヴァンさんはなんとなく弾んだような歩みで去っていった。


あぁ。私のおやつ。






「よぉ!元気にしてるかっ?遊びにきたぞ。」


何の気なしに遊びに来たわけだけど。まさかチョコをもらえるなんて思ってもいなかった。いや、少しは思ってたかな。あんなに恥ずかしそうにして。可愛いところあんじゃん。ま、俺は最初からそう可愛いと思ってたけど。

いつものように邪魔してやろうと執務室に飛び込めば、いつになく甘い匂いが部屋中に立ち込めていた。


「なんです?また連絡もなしに。」


「いや、まぁ、いつものことじゃん。・・・・てか。何?それ。」


ちょうどティータイムの時間だったのか、テーブルには綺麗に盛り付けられたケーキと、淹れ立てのお茶が整えられていて、レンギョウなんか今まさに食べようとしているところだった。というか、一瞬こちらに目を向けただけでもう喰っている。


「あいにく、これはいつものシェフが作ったものではありませんから貴方の分はありませんよ。お茶くらいなら出してあげてもよろしいですが。」


言いつつソファから立ち上がるつもりのないコーリアの口元が少し緩んで見えるのは気のせいだろうか。まさか、それは。いやいや。まさか。だって皿のやつは形が整っているし、飴細工なんか乗っているし。バラの花びらなんか散らされている。ほら、だって。あんなに不器用そうなやつがこんなの作れるわけないし。うん。つい後ろ手に隠してしまった、簡易な包装しかされていないそれと見比べると、天と地。月とすっぽんほどの差がある。


「貴方も前もって来ることを告げていれば用意してもらえたでしょうに。」


「どうだか。」


俺のことなどかまいもせず淡々と食べ進めていく。ようやく女官が部屋にやってきて俺の分の茶と茶菓子を用意してくれるが、もちろん二人と同じものではない。いや、もちろんこのチーズケーキも美味いよ。だって王宮のシェフが作ってるんだぜ?ほら、よく見るとこっちのほうが繊細できれいな造りだし。ほら、ウマーイ!ほら、あっという間に喰っちまえるぜ。でもなぜだろう。あいつらが食べているものが、誰が作ったなど聞いてもいないのに、このもやもやした感じ。


「なぁ、今食べてたそれって。」


「ふふ。彼女からですよ。いつもの感謝の気持ちですって。まぁ私たちだけでなく専属の女官や講師、庭師にも渡していましたけどね。」


コーリアが「でしたよね」と茶を持ってきた女官に問えば、


「はい、それはそれはとても可愛らしく盛り付けられたチョコレートケーキをいただきました。花を模った飴細工は、何度も練習して失敗を繰り返しながら作られておられましたよ。レンギョウ王子殿下とコーリア様のものは今日作られた中で一番出来の良いものを一生懸命選んだようです。」


え、俺のもらったやつ、飴細工なんてあったっけ。茶色い塊があった気が・・・。あれ?なんだか少し虚しくなってきた。いやいやいや。たとえ不恰好だって、大事なのは気持ちだ。気持ちさえこもっていれば関係ない・・・。


そう自分に言い聞かせているとふとレンギョウと目が合った。


ニィ。


片方の口角があがった。珍しい表情に思わず凝視してしまったが、それは一瞬のことですぐに何食わぬ顔で茶を飲んでいる。


完全に敗北を感じた瞬間だった。

今日は24日ですよ。10日オーバー。

一周年記念としても一週間オーバー。


でも許してください。

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