正体
「あら?もう気づいていらしたのですか?レンギョウ様なら最初に入れ替わったことにも気づいてらっしゃらないと思いましたのに。」
つい憎まれ口を叩いたら思い切りいやそうな顔をされた。わ、そんな表情初めてみたかも。仏頂面か澄ました顔ばかりでそれ以外なんて見ることなんてなかったというのに。
初めて対面したときにも一瞬目を合わせただけであとは契約のような約束事を淡々と話されただけだった。フルール城に身を移してからも会いに来ることなどほとんどなく、義務のようにたまに食事をしただけだった。だから私とよく似ているあの子との違いなんてすぐにわかるはずないと踏んでいたのに。
驚いた。まさかお茶会の時から気づいていたのだろうか。確かにいやに視線を感じるなと思っていたけれど。まさかこの短い間に再び入れ替わったことに気づかれるなんて。私がいなかった数ヶ月の間に何があったというのだろうか。ま、とにかく
「ダリア=ロゼ=リングディスト、昨夜こちらに戻ってまいりました。数ヶ月間ここを離れてしまい申し訳ありませんでした。無責任な行動だったと反省しております。」
大変ご迷惑をおかけしましたと真摯な態度で膝を折り謝罪をする。うん。私が70%、いや、80%くらい悪いものね。残りの20%は私に見向きもせず放ったままにしていたレンギョウ様が悪いと思う。
でも、どうしても我慢なら無かったんだもの。あのままこの無愛想な男と結婚するなんて。どうしてももう少し時間が欲しかった。最後に思う存分外の世界を楽しみたかった。大人しく王太子妃になんて納まってやるもんですか。
城を離れている間、何度も本当に逃げてしまいたいと考えた。帰ってきたくない。好きでもない相手とこのまま結婚なんてしたくない。愛の無い生活なんて耐えられない。私は子どもを生むだけの道具じゃないのに。貴族に生まれたからには仕方ない?仕方なくなんてないわよ!好きで貴族の家に生まれたんじゃないもの。
でも逃げさせてもらえなかった。一緒に逃げていたはずの近侍に連れ戻された。私を連れて逃げてくれないかと何度も期待したけれど願いが叶うことはなかった。
しばらく頭を下げつづけ、ぴくりとも動かない彼の足元を見つめつづける。同じ姿勢に足腰が痛くなってきてそろそろ許しを得たいものだけれど、さすがに4ヶ月以上も逃げていたのは悪かったかしら。
ちらりと様子を伺えばきょろきょろと部屋を見回していた。ちょっと、どこ見ているのよ。今、目の前で私が謝罪しているというのに。
「どこだ。」
「え?」
「身代わりをしていた娘はどこにやった。」
「えっと今朝早く部屋を出て実家に帰りましたけれど。」
そう答えるやレンギョウ様は部屋を出て行ってしまった。扉が最後まで閉まりきるのを待ちもせず足早に。いったい何をそんなに急いでいるのやら。
「誰かいる?」
「はい、ここに。」
部屋付きの女官を呼べばすぐに現れた。私がここを離れている間も、身代わりとなった子に仕えてくれていた。きっちりとした女官服に身を包み乱れ一つない髪型にベテランの風格を感じさせる。久しぶりに姿を現した昨晩はさすがに驚いてカップが載ったお盆を落としていたけれど、その片付けは素早く落ち着いたものであった。
「私がいなかった間の事。何があったのか、全て、話してくれる?」




