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困憊

「つ、つかれました」


「お疲れ様です、お嬢様。」


王妃殿下との茶会を明日に控えようやく終えた『特訓』に身体中が悲鳴を上げている。一ミリたりとも誤差を許さぬ指導に爪の先、髪の毛一歩の先まで神経をめぐらせ、もう気力が底を付きそうだ。椅子に座っているのもやっと。


みっともないと言われながらもコーリア様に支えられて部屋に戻り、私付きの侍女マルガリータさんにお茶を淹れてもらいようやく一息付いたときにはとっくに日が暮れていた。


なんどか殿下も顔を出し練習に付き合ってくれたものの、未だ不安は拭えていない。一応貴族に生まれたものの、物心つく頃には没落していた家では行儀作法を習う暇も無く両親は領地の再生と資金繰りに追われていた。間もなく父が亡くなり、私がしたことといえば家の手伝いや跡を継いだ叔父の手伝い、それから城への出仕。礼儀作法なんて最低限しか身についていなくとも仕方が無いと言ってほしい。コーリア様やその他講師の方々による訓練のおかげでどうにか薄目で見ればご令嬢に見えなくも無い状態までたどり着いたのだ。ふと気を抜いたときに出る動作からどうにも地が出てしまいがちであるが、そこは見逃してくれることを願うしかない。


緊張と疲労で冷えきった身体に染みわたるのは温かいハーブティ。長い間共に過ごしてきて私の好みはすっかりマルガリータさんに知られている。ふわりと香る優しい花の匂いに心まで温かくなってくる。軽くマッサージを施してもらっているとどうにも襲ってくる眠気と闘いながら、なんとか風呂場までたどり着いた。明日も明日で朝早くから起きて着替えだの化粧だの(肉体改造だの)お茶会に出席するまでにも様々な準備があるらしい。今日は早く寝るに限るのだ。


「あ~、生き返るぅ。」


色鮮やかな花を浮かべた浴槽にゆっくりと浸かり疲れを癒す。こちらでもマッサージを買ってでてくれたマルガリータさんのありがたい申し出をなんとか断り、お湯の中で自分なりに手足を揉み解す。だって人にマッサージされたら寝てしまいそうなんだもの。一歩も動きたくなくなるじゃない。


まぶたがほとんど下りて視界が狭まろうとも気力で風呂場から這い出し寝室へと向かう。侍女マルガリータさんに髪を乾かしてもらっている間もこくりこくりと船をこいでしまい、肩を叩かれて起こされるまで気を飛ばしていた。


「マルガリータさん、ありがとうございました。」


私よりも長い時間仕事をしているマルガリータさんも疲れているはずなのに、それを全く感じさせないのはやはりプロの技というのか。ホットミルクまで出してくれて気持ちよく眠れそうだ。感謝の気持ちを示せばにこりと微笑んで「いいえ。ゆっくりとお休みください。」と言ってくれ、その尊大な心にただただ、感動してしまう。


温かくふわふわの布団に包まれ、いざ眠りにつこうと思ったところで小さくノック音が鳴った。


「確認して参ります。急ぎの用件でなければお嬢様はもうお休みだと伝えて参りますので。」


空のカップをお盆に乗せ一礼してマルガリータさんが部屋のドアを出てから数秒後、聞こえてきた物が割れる大きな音に、半分浸かっていた夢の世界から突如呼び戻されることとなった。



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