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役目

「おい、コーリア、約束とは何だと聞いてる。」


コーリア様の下までやってきて睨み合う。病み上がりの体調を慮ってか掴みかかることはしないが、いつより深い眉間の皺にかなり機嫌が悪いことが見受けられる。もし私があのような目で殿下から睨まれでもしようものなら縮み上がって失神してしまいそうだ。


コーリア様を見ればこちらはなんともない顔をしており、さすが長年共にいるだけあるのかと思う。むしろ微笑を浮かべている。


「取引をしたのです、彼と。レンギョウ王子の婚約者である彼女をモンド王国に連れて行く代わりに、今後フローリア王国との取引には最大の便宜を図ると。それからリヒト王子がモンド王国の国王になった暁には関税を減税するともね。・・・リヒト王子が彼女に入れ込んでいるという噂は事前に流していたようで、彼女が国に来るとなればこの機会を逃さず何かしらの動きがあるだろうとのことでした。」


殿下にしっかり目を合わせたまま言い切ったコーリア様は堂々としている。それが何か、と目が言っている。


「なぜそんな勝手なことを俺に相談もなしにしたんだ!!」


「王子が気にかけるまでも無いと判断したからです。いつも通り他国のパーティに出席すると思っていただけるだけでよかったのです。」


「しかしそのせいで危険な目に!」


「それは!・・・申し訳なかったと思っています。貴方には怪我をさせてしまいましたし。味方がいることは知っていたのですが、それでも・・・」


ようやく声を荒げたコーリア様は少し息が上がっている。それに気がついたメイドがソファを勧め、コーリア様も殿下もそれに従った。リヒト王子にヒイラギ様、そして私も同じくソファに誘導され座ることになった。一つのテーブルを囲み、気まずい空気が流れる。


「レン、コーリアが悪いんじゃねぇんだ。俺が約束を守らなかったから・・・」


「貴方は黙ってなさい。」


「お前は黙っていろ!」


コーリア様を援護しようと口を出したヴァンさんは一瞬で黙らされる。飄々とした顔を今日ばかりはみせておらず、むしろ青白い顔色だ。ごめんなさい、と小さく呟いてうつむいてしまった。


「これは全て私が判断して決めたことです。たとえリヒト王子からの取引でも危険だと感じたのであれば断っていました。利益を見出したから、応じたのです。」


いきなり私に視線が向きぴくりと大げさに反応してしまう。


「貴女を危険な目に遭わせた原因は私が作りました。誠に申し訳ございません。・・・私にリヒト王子とヒイラギ殿を責める資格などありませんね。」


突然向けられた視線に思わず首を横に何度も振る。滅相も無い。確かに怖かったけれど、二人とも助けてくれたじゃないですか。との思いで目を合わせて見たのに、ふいと視線をはずされて再び殿下に顔を向けた。


「しかし、私には私の役目というものがあるのです。それはレンギョウ王子、貴方のフローリア王国での地位を磐石にすること。それから貴方が王位に付いた後も善政を執り行うことです。そのためには隣国との良好な関係を築くことも大切ですから。使えるものは隣国の王子も、婚約者であっても使います。」


「コーリア、お前!!」


ずっと黙っていたのにガタンと音を立てて椅子から立ち上がった殿下がコーリア様に掴みかかる。襟を握り締める手は強く上等な服に皺が寄っている。首元が絞まり椅子から身体が浮くほど持ち上げられて苦しいはずなのにコーリア様は眉ひとつ動かさず静かに殿下を見据えている。にらみ合ったまま、しかし殿下の言葉は続かない。私はおろおろと二人を交互に見るだけでなんと声をかけて良いのかわからない。


手を上げては降ろし声をかけようと口を開いては閉じるという流れを繰り返している。


「くそっ。」


しかし沈黙の時間はそう長くは続かず殿下が手を離して終わった。立ったまま睨みつけるように自分の足元に視線を落とし、襟を掴んでいた手は強く握られていて小刻みに震えている。


コーリア様はというと支えを失い重力の赴くままどさりと椅子に沈んだ。戦闘のときとは違う、静かに激昂する二人を目の当たりにし悲しくなってくる。


いつも憎まれ口をたたきあっている二人だけれど、こんなに険悪な雰囲気を、私は見たことがない。静まり返り息を吸う音さえも聞こえてきそうなこの空気が重たくてたまらない。





ぐぅ~。きゅるきゅるきゅる~~。





「・・・・・・。」


「・・・・・・。」


「・・・・・・。」


「・・・・・・。」




い゛~~や゛ぁ゛~~~~~~~~


どうしよう。どうしよう。おなか鳴っちゃった。そういえばお昼食べ損ねてたんだった。・・・聞こえたかな。聞こえたよね。


しかし確認することなどできない。周りの視線が怖くて恐ろしくて恥ずかしくて顔を上げることができない。だらだらと嫌な汗が背中を伝う。先ほどの空気なんて全く気にならないほど、4人の痛い視線が突き刺さっている気がする。


「はぁーー。」


ゆっくりと深く長く息を吐く音に思わず顔を上げてみれば、俯いていた殿下がようやく顔を上げて額に手を当ててこちらを見ていた。半分しか開いていない瞳から綺麗なエメラルドが覗くけれど、あの顔はきっとものすごく呆れている顔だ。


「明日にはフローリアに戻る。コーリア、準備して置け。」


「わかりました。」


ふぅともう一息つくと、殿下とコーリア様は立ち上がり部屋の扉に向かっていく。それをなんとなしに見ていれば「何しているのですか。早くこちらに来なさい」とコーリア様が手招きしたから急いで2人の下に向かう。


「まずは飯だな。」


殿下がぼそりと吐いた言葉は顔から火が出るほど恥ずかしかった。



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