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変転

「俺には触らせないで自分はいいってのか。いいご身分だなぁ、おい。」


漆黒の青年に唇をうばわれ(水を口移しされ?)、呆然としていたところに突然別の声が聞こえてきた。見るといつの間にかドア口には中年のむさくるしい男が立っていた。


先ほど私に触れようとし、それを青年に阻まれ腹を立てて部屋から出て行った男だ。酒瓶片手に顏は赤らんで目はどろんとしている。先ほどよりもひどい顏。怒りながら部屋を出て行ったというのに、今はずいぶん陽気な様子である。まだ夜が更けたわけでもないのに、帰ってきたりして何の用だろうか。


青年は男が部屋に入ってきていたのは気づいていたようで、意識は男に向けている。


「移動するぞ。辺りを兵がうろちょろしてやがる。」


そう言うと男はバサリと薄汚い茶色の布をこちらに投げつけた。私の足首を掴んだままであった青年がようやくその手を離し、無言でそれを拾いあげる。


袋だ。なんの変哲もないその袋が一体何なのかと目で追っていると視線を感じた。そのまま目を上に向けると青年と目が合った。彼は袋と私を交互に見、袋の口を広げてその深さを確かめてはまた私を見る。


横や縦に引っ張っては袋の丈夫さを確かめまた私を見る。いやな予感がして、思わず目をそらしたけれど、どうも間に合わなかったみたいだ。


「悪いな。」


ぴくりとも表情を変えずに、青年は頭からその袋をかぶせた。


「ちょっとやだ!やめてください!」


視界が暗く覆われ焦ってそう訴えると、あっさり袋がはずされる…が「忘れていた」と私に口布を当てると再び袋をかぶせた。


「んーっ!んーっ!」


そのまま青年の肩に荷物のように担がれ、腹が圧迫され、口布もされていることもあってかなり息苦しい。足をバタつかせて抵抗を試みるが、がっしりとした腕に押さえられびくともしない。待って、そこお尻だから、や、ちょっと、触らないでよ。


その願いも虚しく、私を担いだまま青年はゆっくりと立ち上がり、歩き出し、建物を出たかと思うと急に走り出した。


追手を撒くためなのかはたまた嫌がらせか、右に左とものすごい速さで曲がっているらしく、合わせて身体が上下左右に揺さぶられている。すぐ近くでは荒い息遣いだとか、剣が合わさる音だとか、ヒュンと何かが風を切る音が聞こえてきて、ただでさえ視界が塞がれているというのにいっそう恐怖心を煽る。




しばらくすると周りの音がだんだんと数が少なくなってきて、青年の、静かに駆ける音だけが響く。周りの音がぴたりと止んだ頃、ようやく立ち止まった青年が私をゆっくりと降ろし、私に被せていた袋を取り去り、口布も、手を縛っていた縄も取ってくれた。


今度は水を瓶ごと手渡された。「また痴漢と言われたら堪らない」そうだ。


短くない間、無理な体勢で担がれていたせいで気分は最高に悪く、手には縛られていたあとが赤く擦り傷を作って残っている。ぴりぴりとした痛み以上に痛々しく見える。


手首を無意識にさすっていると青年が「痛むか」と聞いてきた。人を攫っておいてなぜそんなことを?と思ったものの素直に頷く。


「・・・ちょっとだけ。」


「見せてみろ。」


青年は無遠慮に掴んだ私の手首の擦った傷跡を、切れ長の目で見つめ、すっと指がなぞった。


「痛っ!」


痛みにぴくりと肩を揺らしたとき、鼻先を、何かが目が追えない速さで横切り、身体が後ろに引っ張られた。


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