凶報
殿下視点です。
「ヒイラギ?」
「あぁ。あいつに頼んできたけど。ん?なに二人ともため息ついてって、イテテテテテッッッ!!ちょっ!コーリア!痛ぇって!!マジでっ!」
視察に出かける馬車の中、リヒトの一言でそれなりに快適であった室内が戦場と化した。いや、一方的だから違うな。顏が赤を通り越して青くなっているが自業自得だ。コーリアが「彼が付くとは聞いていません。」とリヒトの首を腕で羽交い絞めにしている。
第二王子の真夜中の襲来から一夜明けたばかりの彼女を一人にさせるのはどうかとも思ったが女性を視察に付いて来させるわけにも行かず、リヒトに任せることにした。それが間違いであった。よりにもよって「ヒイラギ」とは。
以前のパーティの際にも、城に来た際にも何かと彼女を気にかけていた、なんとなく気に食わない商人。
一国お抱えの有能な者であるし、世界中を旅している男だ。腕には問題あるまい。ただ「タラシ」の才能がすさまじいだけだ。あれが計算されたものか無意識なのかはわからないが。
窓の外の景色に向けていた顏を車内に戻せば、リヒトの顏色が紫色になっていた。
「その辺で許してやれ。」
相変わらず王子は甘いですねとぼやきながら漸くリヒトの首から腕をはずす。きつく締められ続けたリヒトは落ちる一歩手前で、解放されたとたんに大げさに咳き込んでいる。
「ヒイラギは悪い奴じゃないって。ほら、俺、付き合い長いんだしさ。腕も立つし。」
「そういう問題ではありません。」
「大丈夫だって!ちょーーーっとばかし手は出すかも・・・いや、嘘。なんでもない。」
慌てて首を横に振る、リヒトの軽率な言動に眉を顰めてやれば同じくコーリアもするどい視線を浴びせていたらしく、いつもは飄々としているリヒトの表情が固まるのがわかった。コーリアを恐れるのであればやめておけばいいのに、昔から一言多く、怒らせるような行動をするのは治らない。単に反応を面白がっているのかと思えば、存外、本気で怖がっていたりする。まぁからかっているときのほうが圧倒的に多いが。
「本当に、大丈夫なのでしょうね?」
まだしばらく続きそうな二人の不毛なやりとりに飽き、窓の外に目を向けると、コーリアはいつもの脅すような・・・ではなく静かで落ち着いた声で、まっすぐにリヒトに確認をしていた。
ヒイラギは確かに性格的には信用ならないかもしれない。かと言ってうかつに王家の信頼を損ねることはしないであろう。奴に彼女を任せるのは自分としてもいい気はしないが、コーリアがあれほど慎重になるほどではないはず。何をそんなに心配しているのやら。リヒトの兄王子に対してだって上手くあしらうに決まっている。
「コーリア、そんなに心配せずとも」大丈夫だろう、そう声をかける前に、神妙な顔つきのリヒトが「・・・大丈夫だよ。」とぽつりとこぼした。
急に静まり返った室内。別にうるさいままがいい訳ではないが、どことなく居心地が悪く、流れる外の風景に目を向けるのに集中することに決めた。
それから数刻もせずに、早駆の馬に乗った近衛兵から、街で彼女の姿が消えたことを知らされた。




