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誘拐

「おい、お前何してんだ。」


何人かの男たちの中で特に体格がよくいかつい中年の男がこちらの部屋に入ってきた。私の目の前に片ひざをついてしゃがんでいた青年の胸倉を掴み、荒々しく立ち上がらせた。


中年の男は体格だけでなくもみあげも、ひげもたくましく、胸元のシャツからはみだす毛むくじゃらの男臭さに、嫌悪感を抱いてしまう。これはあれだ。生理的に受け付けないというやつだ。


一方、胸倉を掴まれている方の青年は、男性にしては細めで、むさくるしいこの中年の男と比べると身体の大きさなど一回り違う気がする。しかし自分よりも大きな(しかもむさくるしい)男に詰め寄られているというのに、表情ひとつ、眉ひとつ動かさない彼はいったい何者なのだろう。なぜ私の目隠しをとったのか。状況が少しでも把握できそうでありがたいが、ならついでに猿轡もとってほしかったと言いたい。


「俺たちの姿を見られたからには生かして返せねぇだろうが。」


前言撤回。なんて余計なことをしてくれたのだ。私まだ死にたくありません。青年は一瞬私に目を向けたあと、わずらわしそうに胸倉を掴んだままの男の腕をはずした。


「どうせ交渉は決裂する。第3王子は継承権を放棄しない。」


「はっ。他国の、しかも皇太子の女に執心してるって噂があったが、やっぱ自分のが大事ってこった。じゃあ女は用無しってわけだな。」


聞き逃せない内容に背筋がぞわりとした。「第3王子」「継承権」「放棄」青年の放った言葉が単語として耳に入ってくるがその一つ一つが重い。私の存在などそこにないかのように進められる会話に絶望感が胸を支配する。暑くもないのに流れる汗が背中を伝い身体を冷やしていく。


男たちが口にした「第3王子」はたぶんヴァンさんのことで、継承権の放棄ってことは、ヴァンさんの王位継承権の放棄を、「交渉」の条件としたのか。誘拐された私の、解放の条件?そんなもの、ヴァンさんたちが頷くはずがない。だって私は・・・偽者、だから。


「特定の女もつくらねぇし、弱点が何一つない第3王子の、唯一の弱みだと思ったのによぉ。なぁ?嬢ちゃん、残念だったなぁ。」


ニタリと口角を上げて笑いながら近づく男からは酒と煙草の不快な匂いが漂ってくる。無遠慮に伸びてくる手に縛られたまま何とか這って後ずさるがすぐに壁まで追い詰められてしまう。男は私がこれ以上逃げることができないことをわかっているのか、わざとゆっくりと迫ってきた。せめてもの抵抗をと顏をそむける。


「何しやがる。」


男の手が触れることはなかった。


直前で腕を掴まれた男は、腕を掴む青年に視線を向け凄んだ。目の前で止められた手は手首がぎりぎりとかなりの力で圧迫されているようで赤くなっている。青年は特に言葉を発したりはせず男を睥睨しているだけだ。と、幾ばくも経たないうちに盛大な舌打ちをして男は手を振り払った。


「主の『お気に入り』だからって調子に乗りやがって。」


男は悪態をつきながら足元にあった酒瓶を盛大に蹴散らし、そしてその衝撃で何本か割れ破片が散らばる。音にも驚いたが、それよりも破片のいくつかがこちらまで飛んできて思い切り避けた反動でそのままごろりと転がってしまった。顔面から倒れこみ、額と頬を強かに打ちつけてしまう。地味に痛い。


男はそんな私の様子を気にかけることなく、怒りをこめて床を踏みつけているような大きな足音を立て部屋から出て行った。


「頭!どこ行くんです!?」


「外で飲みなおすんだよっ!!」


男とその手下と思われるものたちの会話が漏れてきて、続いて何人かが駆けて出で行く音と、外の扉が大きな音を立てて閉まる音がし、ようやくあたりが静かになった。


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