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閑話 side???

ここで一旦閑話をはさみます。

さて誰の話でしょう。

「お嬢様、お待ちください。お嬢様!」


必死に呼びかけるも止まる気配を見せない彼女を追いかける。波に逆らいながら進むせいかさきほどから肩や腕が人にあたり顏をしかめられるがそのようなことにかまっていられない。自分の思う通りに事が進むことなどあったためしが無いが、こうも無視をされるとは、いっそ清々しく感じる。


いや、無視ではないな、彼女はひとつのことに夢中になると周りがまったく見えないのだ。彼女が道ゆく人にぶつかりそうになるのを庇い、足元にある障害物は先回りして片付ける。迷惑をかけてしまった場合はひたすら謝り倒すのみ。しかしこれが彼女に気づいてもらえることはない。


「お嬢様!」


何度目かわからない呼びかけにようやく彼女が振り返る。


「アオイ!見て!人が大勢集まっているわ!お祭りでもあるのかしら。」


満面の笑みで振り返る彼女に毒気を抜かれ、この旅の進行具合だとか、スケジュールのこととか、いま自分たちが置かれた状況のことなどどうでもよくなってしまう。


「お嬢様、そろそろ次の街へ向かわないと…」


「いいじゃない。一日くらい。それにその呼び方はやめなさいって言っているでしょ?昔みたいに名前で呼びなさいよ。」


彼女は、幼馴染として共に育ってきた。良き遊び相手として野山を駆け回り、街を探検し、親の手をさんざんと焼かしたものだ。しかし子どものころとは違い、今や雇用主(の娘)と雇われの身の関係。名前で気安く呼ぶなど出来やしない。彼女や彼女の父―つまりは雇用主の主人なのだが―は許してくれそうだが、自分の父が決して許しはしないだろう。


というのもうちは代々彼女の家に仕えてきた一家だからだ。父は主人を大層敬仰しており、また自分の仕事に誇りを持っている。息子である自分と彼女に主従関係が生まれた今、仕えるものとして態度を崩すのはあってはならないことであろう。


などと頭の中で名前を呼ばない理由を考えているうちに、いつの間にか彼女は手の届かない場所にふらりと移動している。


慌てて追いかけてまたお嬢様と呼びかけたが今度は故意に無視をしている。そっぽを向いた横顔は不機嫌なのを隠しておらず頬がぷくりと膨らんでいる。


「な・ま・え!」


「しかし、」


「名前呼ばないなら二度と返事なんかしないんだから。アオイのケチ!わからずや!おたんこなす!すっとこどっこい!」


彼女のイマイチ罵倒しているのかわからない、むしろ可愛いとさえ思えるセリフに身悶えしながら、結局こちらが折れざるをえない。そっと名前を呼べば嬉しそうにふんわりと笑う。


「さぁ、アオイ!行くわよ!」


そのまま手を取られ人混みの中を引っ張られて行く。良家の令嬢として生まれながら、全くその自覚を持っておらず、お転婆で、好奇心旺盛で、我儘で。幼い頃は彼女の方が大きく強かったこともあり、何度彼女に泣かされたかわからない。いつの間にか身長も力の強さも超えてしまい、今や彼女の小ささやか弱さすら見えるが、彼女の大輪の花の様な笑みはいつまでも変わらない。


結局この笑顔に弱いんだよな…


共に成長し、良家の令嬢として嫁ぎ先の決まった、彼女の最後の我儘。

最後まで思う存分付き合ってみせますよ。


「なぁに、アオイったら一人で笑ったりして。」


「いいえ。何でもありません。」


「まぁ、いいわ。アオイ!あれが食べたいの!買ってよ。」


「はい。もちろんですよ。」


いつか、遠くない未来に終わるこの旅がいつまでも続けばいいのにとの想いを必死に押しとどめ、今はただこの瞬間を心に焼き付けた。


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