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兄王子

「あれ?ダリアちゃんじゃない。奇遇だね。」


ヒイラギさんが席を離れ、微笑みを崩さない(妖しげな)貴公子にどぎまぎすることなく、一人穏やかな気持ちでお茶を楽しんでいるときだった。少し離れた中心地の人の流れをぼうっと眺めていたから、人が近づいてきたことに気が付かなかった。テラスの向こうから声をかけてきたのは第1王子だった。


鮮やかな赤い髪は地味な灰色の布で隠され、服装も王子のそれでも貴族風ですらなく、城下町にとけこむ庶民のものだった。声をかけられてもしばらくは気が付かなかったくらいだ。どうやらお忍びのようだ。


「観光はどう?楽しい?」


テラスの手すりに寄りかかって話しかけてくる。席を立ち近寄りながらもちろんと頷けば第1王子はとても誇らしげにふんわりと微笑んだ。それにつられて私もつい頬がゆるんでしまう。


あぁ、久しぶりだな、この癒される感じ。無条件に安心してしまえる人の良さそうな笑顔だ。第2王子のそれはぞくりと背中に寒気が走るものであるし、ヴァンさんは出会った当初は、人懐こい笑顔に胸がきゅんと高鳴ったものの、今や警戒の対象だ。


今は席をはずしているヒイラギさんの微笑みも綺麗なんだけれど、あれは綺麗すぎて怖いし、コーリア様の笑顔なんて震え上がるほどだ。何か企んでいるとき以外にも笑ったりするのかしら。


「王子殿下はお忍びでお出かけですか?」


レンギョウ王子殿下たち3人が視察に行ったのだから、第1王子も同じく王子である職務として同行しているものだと思っていたが違ったようで、近侍の目を盗んで城から抜け出してきたという。


「城下の庶民の暮らしも把握しておかないとね。」


わざわざ変装しているのは、決して逃げているからだけではないんだよと苦笑しながら話す王子に、フルール城下で商人に扮していた(って私が勝手に勘違いしていただけだけど)ヴァンさんを彷彿とさせ、兄弟だなと思う。


「あ、そうだ。お願いがあるんだけど。」


こっそりカフェテラスを抜け出す。ちらりと後ろを振り返ってみるけれど、今日お供として付いてきてくれたヒイラギさんはまだ戻ってくる気配はしない。・・・仕事が長引いてるのかな。





第1王子殿下の“お願い”を叶えるため、ヒイラギさんには内緒で一人路地を歩いている。


王子の言葉を思い出す。


すぐそこの路地にさ、お勧めのお菓子の店があるんだ。おばあちゃんが一人でやっている店で、シンプルなんだけど美味しいんだ。それを買ってってくれないかな。リヒトが大好きでね。昔は兄弟で城を抜け出して買いにでかけたものだよ。最近は忘れているみたいだけど。

ダリアちゃん。リヒトは、調子よくて軽薄に見えるかもしれないけどさ。本当は人一倍努力家で真面目なやつなんだ。ダリアちゃんがレンギョウ王子と結婚するとしたらこれからも両家付き合っていくことになると思うし。あいつと仲良くしてやってね?

あ、俺がその店のこと教えたって言っちゃだめだよ?俺と会ったことも内緒にしてね?城を抜け出していることばれたらいろんな人たちに怒られちゃうし。


なぁんだ。


ヴァンさん、ちゃんと愛されているじゃない。お兄さんからちゃんと心配されて、気にかけてもらって。広い城で一人、寂しい思いをしているんじゃないかって思ったけれど、そんなことなかったみたい。


「あ、ここを曲がればいいんだっけ。」


カフェテリアから左手に見えていた路地に入り、3ブロック進んで、さらに右手の路地に入る。第1王子に説明された道を進み、目印に言われた黒猫の看板を探す。


「あ、あった!」


古びて薄黒くなった木板の扉に、くすんだ銅のドアノブ。窓ガラスはくもって、隅のほうはひび割れている。なんとも年季の入った店らしい。お菓子屋と言うより骨董品とかの方が合っているんじゃないだろうか。


ま、いいか。入っちゃえ。


ドアノブに手をかけ右にひねろうとしたときだった。自分の影に一回り以上大きな黒い影が重なる。突然背後に現れた人影に思わずドアノブから手を離し振り向こうとした瞬間、首筋に懐かしい痛みが走り、私の意識はそこで途絶えた。





「あ、そうだ。言い忘れていたな。裏路地は危ないから、くれぐれも背後には気をつけて・・・ってね。」



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