隣人
コンコン・・・
ゴンゴン・・・
ドンドンドンッ・・・
「ダ・リ・アちゃ~ん。ねぇ~、ぼくは知ってるんだよぉ。君が部屋にいること。メイドに聞いたんだから。」
ノックはますます激しくなり、扉にぴたりとくっついて話しているのか声がくぐもって聞こえる。ドアノブを掴んでカタカタと揺らす音まで聞こえてくると、さすがに恐ろしくなった。
やだやだやだ。部屋の外の声の主は酔っ払っているようで私の名を呼んでは扉を開けるように急かしてくる。しかし正体のわからぬ輩がいるのに、扉を開けるなどという恐ろしいことなどできるわけがない。思わずテーブルや椅子を音が鳴らないように引きずり、扉の前に即席のバリケートを作る。なんの役にも立ちそうにないが、まぁ気休めだ。
それでも、少しでも男の声から離れたくて寝室に駆け込み、その部屋に備え付けのテラスに飛び出してさらに扉を閉めた。湯上りで薄着なのも気にかからないくらいに怖くて、ひたすら部屋の前の誰かが過ぎるのを待としていると隣から、聞きなれた低く静かな声がかけられた。
「どうした。まだ寝ていなかったのか。」
突然かけられた声にびくりと肩を揺らすと隣のテラスに立っていたのは殿下だった。パーティーの際の正装とは異なり、シャツとパンツというかなりラフな、初めて見る格好をしていた。柵に肘を付いて寄りかかりグラスを傾けてくつろいでいる。殿下は、いきなりテラスに現れ扉を必死に閉めている私を、目を見開いて不思議そうに見ていた。というか、部屋、お隣だったんですね。知らなかった。
「あ、あの、部屋の外に誰かいて・・・。」
「誰か?」
「向こうは私を知ってるようなのですがどなたなのかは。・・・それに部屋の戸を叩いてるから怖くて・・・。」
扉から手を離し殿下に近寄ると、心なしか小声で話していた。部屋の外には聞こえるはずがないのに、部屋に自分がいるという気配を少しでも感じさせたくなかったのだ。殿下の部屋に避難させてもらおうかとも考えたが、殿下と私のいるテラスでは1mほどの離れており、つながってはいないためできそうもない。
「どうしましょう。」
部屋の外の声に怯えている私に殿下は飲んでいたグラスを預け「少し後ろに下がれ」と私を柵から遠ざけた。言われた通り3,4歩ほど後ろに下がる。
殿下はテラスの柵に足をかけると、軽々とこちら側のテラスに乗り移ってきた。テラスとテラスはつながっておらず、1mほどの距離を置いて離れている。しかもこの部屋は5階ほどの高さにあり、落ちたら怪我では済まないだろう。それにもかかわらず、殿下は下を気にすることなく、シャツをひらりとなびかせてテラスを飛び移ってきた。
一連の流れるような華麗な動きに目を奪われていると、殿下は私に声をかけるでもなく、テラスを出て行く。そして私が作った拙いバリケートをいとも簡単に除けると、固く閉じていた部屋の扉をためらいもせず開いた。




