兄弟
2人の王子と挨拶と握手を交わす。第1王子は柔らかな笑顔が素敵な人で、あまり健康的には見えなかったがやさしそうな人であった。次に握手を交わした第2王子には力強く手を握られ、なかなか離してもらえずに困った。
ヴァンさんにやんわり手をはずされ、ようやく離してもらえたが、目が合い微笑まれたときはなぜか背筋がぞくりとした。コーリア様の笑顔も凍りつくものがあるけれど、それとはまた違ったタイプの。
お兄様2人と会話をするヴァンさんはものすごく他人行儀で、知らない人を見ているみたいだった。あまり兄弟仲が良いようには見えない。殿下もコーリア様もわかっているのか、話を振られたとき以外は口を挟もうとしない。まぁ、そうでなくても殿下が積極的に会話に入るところなんて想像できないけれど。
私にも弟と妹が一人ずついるけれど、年が離れているせいか・・・・ものすごく可愛くて仕方が無い。私が家を出るとなったとき、泣きながら「ネーネ、ネーネ、」とスカートを離さなかったあの泣き顔が忘れられない。
今でも手紙は頻繁に交換していて、婚約者の身代わりの仕事を始めるまでは3ヶ月に1回は会いに帰っていた。ここ最近は4ヶ月ほど会っていない。あぁ、会いたいな・・・。と、懐かしい家族に思いをはせているうちに、ヴァンさんとお兄さんたちの会話は終わったらしい。
去り際に再び第2王子に手を握られ、肩をなでられ、鳥肌が立ちそうなほどの感覚に笑顔がくずれそうになるのを、2人の王子が部屋から出て行くまで必死に我慢した。
「悪かったな。」
2人の王子を扉まで見送ってきたヴァンさんは苦笑しながら謝る。口角は上がっているものの、2人が去った扉を睨みつけるヴァンさんの目は恐ろしく冷たい。
「あいつら今日もどっかのパーティーに行ってると思ったのによ。」
そして先ほどまで私が握られていた手を包み「消毒」と言って口づけた。(その後コーリア様に本気の消毒をされた。)
喉がかわいていたのか、ヴァンさんは大きなため息をつき立ったまま冷めたお茶を飲み干す。
先ほどの2人の王子は正室の子。一方、ヴァンさんは側室の子どもだそうだ。正室と側室の子ども同士の軋轢みたいな、遠慮というか、そういうものがあるのだろうか。もしかしたら正室である王妃に虐げられてきたのかもしれない。側室であるお母様は、もしかしたら身体が弱かったりして、頼ったりできなかったのではないだろうか。きっと、城では窮屈な思いをしているから外ではあんなに奔放なんだ。そう思うと、ヴァンさんの破天荒な気質も頷けるような気がした。
「相変わらず不仲なのか。」
ずっと黙っていた殿下が表情をくずさず口を開くと、ヴァンさんはニカッと笑ってみせた。
「んー。別に?上手くやってんよ俺?」
あぁ私たちに心配かけまいと強がっているのだ。いくらお金持ちで豪華な暮らしをしていたとて、家族仲が悪いのは苦しくて寂しいに違いない。あの一件以来ヴァンさんは少し苦手だなと思うけれど、きっとそれも・・・
「だってあんなのに喰ってかかっても仕方ねぇだろ。」
えーっと・・・きっと、きっとヴァンさんは寂しが・・・
「今のうちだけでも精々でかい顏させてやんよ。母様も正室の座乗っ取る気満々だしなっ!」
爆笑しそうになるのを抑えるのも疲れるぜ、と肩を揉み解しながらけらけらと笑うヴァンさんは、「じゃ、また明日な」と陽気に部屋を出て行った。
「あれ?お母様は病弱で床から起き上がれないのでは?それに城ではヴァンさんはいじめられているのでは・・・?」
「なんですその設定は。リヒト王子のお母様は国王陛下と鷹狩りに出かけるほど元気ですが。それから、あの男がいじめられるクチですか。いつも2人の兄の無能さを嘲笑っていますよ。」
コーリア様が茶を入れなおしながら説明してくれる。
「第1王子は虚弱体質で気も弱いし、第2王子は金遣いが荒いのと女好きで有名だからな。」
「お2人ともせっかく国王と同じ立派な髪色を継いでいるというのに。その他は王妃に似てしまったようですね。」
他国の王子つかまえてかなり辛らつな毒を吐く。2人の兄王子たちは、髪色以外は王妃似で、ヴァンさんは容姿・性格共にお母様似らしい。「王妃様は世間知らずのお嬢様ですからね。そこも似たようですね」と言ってのけるコーリア様に思っていても言わないほうが・・・など口を挟むわけにもいかず、聞き流すことにする。
「えっと、殿下はご兄弟とは・・・?」
空気を変えようと、とりあえず殿下に話を振ってみる。確か殿下には弟がいたような。お会いしたことはないけれど。
「さぁ、あいつは今留学中だからな。どうしているのか知らん。」
ぶっきらぼうに言い放つ殿下はふいと目をそらす。が、
「嘘おっしゃい。毎日のように手紙が届いているくせして。きちんと返事を書いてあげないと弟殿下が哀れですよ。」
コーリア様が殿下にからかうように言うと、殿下は眉間の皺を増やして小さく「わかっている」と言っただけだった。殿下と、殿下の弟君は大丈夫そうだ。漠然とそう感じた。




