出発
「あの糞餓鬼・・・!」
一人ではとても消化しきれなかったヴァンさんからの招待状をコーリア様に見せて相談したら、最初の手紙と同じく燃やされた。しかしその日から毎日大量の招待状が届き、仕舞いには燃やされないようにか、鉄板に文字を刻んだ招待状を送りつけてきた。これはものすごく重たかった・・・。ちなみにこの鉄板はコーリア様のストレス解消に大いに役立った。そりゃ、もうべこべこ。
どうしてこちらの動向など見えていないはずなのにコーリア様のすることがわかるのだろう。それに隣国王子の親書を燃やすのって大丈夫なのかと心配したけれど、問題ないらしい。
なんでも3人は「幼馴染みたいなもの」らしく昔からよくあるやりとりだというのだ。王族ならではの遊びなのかな。私にはよく理解できない。まぁ、主にヴァンさんがイタズラをして、殿下がそれを無視して、コーリア様が激怒して処理する、という流れが長年できあがっているそうだ。「コーリア様も子どもの時期があったんですねー。」と無意識で呟いた言葉はしっかりと耳に届いていて、思い切り頬をつねられた。いひゃいれす。
届く招待状が3桁を回ったとき、コーリア様がとうとう折れた。ヴァンさんの招待に応じることとなったのだ。ヴァンさんのお父様のパーティ・・・つまりモンド王国の国王に招待されていること、それになによりも「実際に会って一発殴らないと気が済まない」らしい。
「一発で終わらす気などないくせに。」
馬車で西のモンド王国に向かう道すがら、殿下が不機嫌そうに窓の外の景色を見ながら愚痴をこぼす。この招待を受けるに当たって公務を詰めに詰められたそうだ。
マーガレットさん(殿下の愛犬)に会う時間も、最近たまに設けられていたお茶の席もまったく無く、西国に行く時間を割くために鬼と化したコーリア様の持ってくる仕事に耐えきったらしい。
「出かける前にマーガレットに会いたかった」と愚痴をこぼす殿下の拗ね具合が可愛く、くすりと笑ったら腹筋にぴきりと響いた。
というのも、私も自身もここ最近はダンスレッスンとマナーレッスンが強化され、今この瞬間も筋肉痛で節々が痛いのだ。笑うのも一苦労とはどれだけ身体を酷使したのやら。
西国までの長い道のりに殿下と私はぐったりしているのに、コーリア様はヴァンさんをいかにして思い知らせてやるか恐ろしい計画を立て、むしろ生き生きしている。醜くゆがむ表情ではせっかくの美形が台無しだ。
ガタン、ゴトン、と一定のリズムを刻みながら進む馬車の振動が疲れた体には心地よく、ついあくびが出そうになる。私は何とかそれを噛み殺しながら、ひたすら眠気に耐える。
ふと視線を感じて正面を向けば、コーリア様と目が合った。しまった、眠そうにしていたのがバレた。怒られる・・・。思わず身構えると、コーリア様からは意外な言葉がかけられた。
「眠ってもかまいませんよ。まだモンド王国まで道のりは長いですから。」
「え?でも・・・」
「ここは素直に聞いておきなさい。到着したらしばらくは忙しいのですよ。・・・王子はすでに寝ていますし。」
隣を伺うと、腕を組み、目を閉じたままぴくりとも動かない殿下がいた。先ほどからやけに静かだなと(いや、普段もほとんど話したりはしないけれど)思っていたら、寝ていたようだ。
「到着したら王子と一緒に起こして差し上げますから。」
でもコーリア様は・・・?と、眠るのを渋っていると、コーリア様は書類を取り出して、こちらを見ないまま話をつづける。
「今から私は仕事をするのです。機密文書ですので貴女は目をつむって、ついでに口も閉じていてください。少しでも物音を立てたりしたら許しません。いいですね?」
話はこれで終わりと、無理やり会話を終了させ、コーリア様は手元の書類に目を通し、何かを書き込み始めた。仕事をする姿をずっと見るわけにもいかず慌てて目を閉じる。
口を開いて仕事の気を散らすわけにもいかず、話もできない。
馬車の音に加え、さらさらとペンを走らせるきれいな音を聞きながら、私はゆっくりと眠りの世界にとけこんでいった。




