手紙
「私宛に?」
上質の紙に押された封蝋には、女性の横顔が刻まれてある。初めて見るそれは、今までの知り合いからの手紙ではないとわかる。それに私宛の手紙は一度メイド長の下に集められ、メイド長から渡されることになっている。マルガリータさんの手元に直に届くはずがない。封筒を裏返してみるが、送り主の名など書いておらず、どうやら開けて中を見るしかなさそうだ。
しかし得体の知れないものを見るのは不気味で、どうしようか考えあぐねいていると、横から手紙を覗き込んだ殿下がぼそりとつぶやいた。
「その紋章は、ランディ家・・・リヒトのものだな。」
「え・・・・。」
「この女の横顔は月の女神で、西のモンド王国の封蝋に代々使われている。」
それから・・・と紋章の説明を続ける殿下。けれど、その説明はそれ以上私の耳には入ってこない。ヴァンさんからの手紙。そう分かった瞬間、手紙を殿下の手に無理やりねじ込んだ。
「何をする。これはお前宛のものだろう。」
「いや、なんとなく怖いので。」
俺に人の手紙を読む趣味はない、そう冷たく手紙をつき返される。
「いやいや、殿下、はじめに目を通してみてくださいよ。」
「いやだと言っている。」
再び殿下に(今度はベルトに挟みこんでみた)渡してみるが、ことごとく手元に戻される。そのまま数分程度揉みあいを続けていると、手紙が別の場所から伸びてきた手により引き抜かれた。
「先ほどから何をしているのですか。王子を探しに戻ってみれば・・・・・・。」
呆れ顔をしたコーリア様がそこにはいた。図らずも私たちから取り上げた手紙を裏返し、封蝋を見て何かを悟ったのか、懐からペーパーナイフを取りだし(どうしてそんなものを持ち歩いているのかは謎だ)、中身にさっと目を通し、そのままマッチに火をつけ、
「燃やした!?」
黒い藻屑と化した手紙は風にさらわれ跡形もなくなってしまった。
殿下が手紙の内容をコーリア様に聞いていたけれど、「何も。」と微笑むだけだ。結局、差出人(まぁ、ヴァンさんからだろうけど)も内容も何もわからないまま、コーリア様は殿下を連れて行ってしまい、その場には私とマルガリータさんだけが残される。
「マルガリータさん、いいのかな、手紙燃やしちゃって・・・」
大丈夫かなとつぶやけば、マルガリータさんが、実は、と小箱を取り出した。
「こちらにはメモ書きがありまして・・・。手紙とは別に、お嬢様がお一人のときに渡すようにと。」
マルガリータさんに渡されるまま小箱を受け取る。私の手のひらより少し大きいくらいのサイズで、だけど箱の高さは低く、重さはほとんど感じられない。開けていいものか、爆発したりしないだろうかと疑いもしたが、中を見ないことにはどうにもならない。
おそるおそる小箱を開けると、中にはまた手紙と、招待状が入っていた。




