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不安

「あの、」


「・・・・。」


「あの、」


「なんですか。」


「・・・・怒らないんですか。」


「怒られたいんですか。」


「ひぃぃっ・・。」


西国からの客人が帰って一週間。何事もなく、日々平和に過ぎていった。何もなく。講義もなく、レッスンもなく、もちろん、コーリア様に怒られることもなく、事情聴取されることもなく。


何もないことがとてつもなく恐ろしく、毎日真綿で首を絞められているような気がしてならなかった。久しぶりに会った(というか、廊下を歩いていたところを突撃した)コーリア様に思い切って聞いてみたというのに、睨まれるだけで終わってしまった。そのまま通りすぎようとするから慌ててコーリア様の袖をつまむ。


「私、クビですか?」


それとも・・・死罪ですか。


縋るように、コーリア様を見上げる。うぅ。恐ろしすぎて涙が出そう。けれど、ここで泣いてはだめだと必死でこらえる。視界が霞むがかまってられない。


しかしコーリア様はそんな私を一瞥し、瞬時に眉間にしわが寄ったかと思うと、ふいとそっぽを向いてしまった。こちとら謝っているというのに。


「・・・契約期間も残りあと半分です。頑張りなさい。」


袖をつかんでいた私の手をはずすと、背を向けたままコーリア様は早足で立ち去る、というよりも逃げていってしまった。もう、せっかく会えたのに。





「あ、殿下!」


悶々としたまま庭をさまよい歩いていると、休憩中なのか、この場にいるのが珍しい殿下に遭遇した。


マーガレットさん(殿下の愛犬なんだけど名前で呼ばないと怒るんだもの)と戯れる日を初めて目撃したのはいつのことだろうか。何かいけないものを見てしまったような気がしてならなかったものだが、最近では慣れたものだ。いかに殿下の整然としたお顔が崩れていても気にしなくなっている。気にしたら負けだ。


「なんだ。」


「あの、私の処遇って・・・」


聞いてみたのはいいものの、結果を聞くのが怖くて言葉が尻すぼみになってしまう。マーガレットさんに夢中な殿下には聞こえてないかもしれない。と、思ったがちゃんと聞こえていたようで、


「今まで通りだ。」


「えっ!?じゃあヴァンさ・・・じゃなくて、リヒト王子はこのことを黙っていてくれるのですか?」


「それは、コーリアが・・・」


「コーリア様が?」


「・・・・いや、これは聞かないほうがいいだろう。とにかく残りの日数も安心して続けてくれ。」


「あの、」


ますます気になるような物言いの殿下に、コーリア様が一体何をしたのか気になって仕方がない。しかし、殿下が聞かないほうがいいというくらいだもの。本当に聞かないほうがいいのだろう。


「それにリヒトもそんなに悪いやつじゃ・・・」


殿下がそう言いかけたところで、屋敷の方からマルガリータさんが私の名を呼びながら駆けてきた。慌てているのか、殿下がいるのも気づかなかったようで、すぐそばまで来て殿下の姿を確認し、珍しく取り乱した様子で失礼を詫びていた。


「マルガリータさん、どうしたんですか?そんなに慌てて。」


殿下が「かまわない」と言ったあともひたすら申し訳なさそうにするマルガリータさんに問うと、今思い出したかのようにポケットから手紙を差し出した。


「貴女様宛です。ダリアお嬢様ではなく。」




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