事後処理
「あぁ、痛い。痛い。頭が痛いです。あの糞餓鬼、いつか絞めてやろうと思っていたんですよ。王子、ヤるなら今だと思いません?私、ちょっと今から忍びこんできますから。大丈夫です。バレないように完璧にやります。」
「落ち着けコーリア。」
疲れて眠った彼女を無理やり起こすわけにもいかず、ベッドに寝かせた後、部屋を出てとりあえずコーリアに相談してみたが間違いだったようだ。「落ち着いています」と言い放つ奴は、全身闇夜に溶けそうな黒に身を包み、皮手袋をはめようとしている。
おい、今から何をしようとしているんだ。その縄は置け、ナイフもだ。引っ張るたびに解れ、ぶちぶちと細くなっていく縄の様を見るのは恐ろしい。武闘派ではないくせに、その力はどこから来ているのやら。
「あの娘、散々バレない様にと脅したのに。」
舌打ちの後、ドスンッと鈍い音がする。音がした方を見れば、机にまっすぐナイフが突き刺さっている。根元まで差し込むとは。怒りの力とは恐ろしいものだ。
「仕方ない。リヒトは勘がするどいほうだ。」
「あの娘が愚鈍すぎるのです。それよりも夜に部屋に人を招きいれることが間違っていますよ。馬鹿ですか。馬鹿ですよね。仮にも女性ですよ?どれだけ危機感がないんですか。だいだいあの娘は・・・」
皮手袋をはずし、椅子に座りなおして自らを落ち着けようとしているものの、コーリアの指がテーブルを叩くトントンというリズムの速さから、まだ興奮冷めやらぬ様子が伺える。自分が冷静になってしまえば他人の慌てる姿ほど滑稽なものはない。コーリアが入れた茶を飲み観察をしていると、ぎろりと、久しぶりに睨まれた。
「それよりもなぜ王子は冷静でいられるのです?娘の・・・婚約者が偽者だということがバレたことなどどうでもいいと?」
「いや、俺はあいつ殴って結構すっきりしてる。・・・・おい、どこへ行く。」
俺の言葉を聞くなり立ち上がって部屋を出ようとするコーリアを引き止める。てっきり、後先考えず殴ってしまったことに呆れているのかと思えば満面の笑みだった。
「どこって・・・ひとつしかないでしょう。私も、すっきりして参ります。」
しばらくして、コーリアが戻ってきた。小1時間くらいだろうか。庭でマーガレットと密会しているところに現れたのだ。もう少しゆっくりしてくればいいものを、とも思うがすっきりした表情の奴が逆に恐ろしく、仕方なくマーガレットを部屋に送り届け、話を聞く。
「どうだった。」
「フッ。まだまだ青くていらっしゃるようで。大丈夫ですよ。あの糞餓鬼から娘のことが漏れることはありません。」
暗闇におぼろげに浮かぶコーリアの笑みがとてつもなく不気味だ。なぜそう言い切れる。なぜ笑っている。なにをした。好奇心旺盛で、自由奔放、我侭で、傲慢、人の話を聞かないあの男をどう従わせたのかが気になりはするが。その先に進むと危険だと本能が教えている。
「別に何も。ただ、お願いしただけですよ。リヒト王子も快く、聞いてくださいました。」
はずむその声はコーリア自身に似合わないにもほどがある。
「・・・もういい。お前、明日彼女を責めたりするなよ。そもそも無理を押し付けているのはこちらだ。」
「王子がそう言うのであれば。まぁ、多少躾は必要ですがね。」
「コーリア、」
「・・・わかりましたよ。まったく、いつからそんなに甘くなったんですか。他人に興味なんてなかったくせして。」
そろそろ部屋に戻りましょう、大きなため息をつきながら屋敷に戻るコーリアの背を見送る。
本当に、どうしたというのか。他人に関わるなんて面倒なことをわざわざやって。今までなら全てコーリア任せで、誰がどうなってどう対処したかなんて興味もなかったというのに。物音がしたからといって戸を開けたかどうかも定かではない。これが自然なものなのか、彼女の影響なのかはまだはっきりしない。自分の中で起こっている変化に、ただ戸惑いを感じるだけだった。




