静寂
ヴァンさんが部屋から去り、シンと静まり返った中で先に動いたのは殿下だった。
私に声をかけるでもなく、扉に向かう。あ、怒って帰ってしまう・・・そう思ったら、メイドを呼びつけて用件を言い渡すとまた戻ってきた。ソファに座る私のそばに立って黙ったままメイドを待っている。向かいの席のソファを勧めてみるけど、見事に断られ、また沈黙が続く。しばらくすると、部屋にメイドがワゴンを押してやってきた。殿下はワゴンだけを受け取ると、また扉を閉めた。
「あの!お茶の用意なら私がっ!」
ワゴンからティーセットをあぶない手付きで取り出す殿下に慌てて立ち上がる。しかし、殿下はそれを制止して目の前にタオルを差し出した。
「これで冷やしていろ。」
受け取ったそれは冷たい。
「目に当てていろ。明日腫れるぞ。」
殿下はぶっきらぼうに言い放ってはいるけれど、その声はさきほどヴァンさんに向けたものと違い、やわらかかった。その言葉に甘えてタオルを目に当てる。火照った目元がひんやりとして気持ちが良い。
カチャカチャ、コポコポと静かな部屋に茶の用意をする音が響く。ときおり、ガチャンと大きな音を立てたり、拙い様子が音から想像ができる。「説明してもらうか」とは言われたものの、すぐに問い詰めるでもなく、冷やしたタオルを用意してくれたり、お茶を入れようとする様子に、殿下の優しさが伝わってきた。
「ほら、飲め。」
タオルがぬるくなってきた頃、殿下からカップを渡された。それにはホットミルクが入っていた。ふぅーっと息を吹きかけ口に運ぶと、蜂蜜も入っていてほのかな甘さが口に広がる。緊張しっぱなしだった身体が徐々にほぐれてくる。
「落ち着いたか。」
殿下はワゴンのそばに立ったままホットミルクを飲む私の様子を見ているだけだった。
「はい。えっと、殿下は飲まれないんですか。」
「俺はいい。それよりタオルを貸せ。」
そう言われて差し出すと、殿下はタオルを水のはった桶にいれて濡らし、また絞る。本来、使用人である私が殿下にこんな事をさせるなんて恐れ多い。だけどなぜか今は甘えてもいいのかなって気持ちになっている。
タオルと交換で空のカップをとられ、また目にタオルを当てていると、ガチャガチャと今度は片付ける音が鳴る。会話も無いけれど、心地よいその空気にしばらく身を預けた。
「なぜ寝る。」
カップを片付け、ワゴンを外にいたメイドに託して戻ってきたときには、彼女は寝ていた。目は真っ赤であったし、頬には涙のあとがあったからたくさん泣いたのだろうとわかった。だから事情を聞く前に先ずは落ち着かせようと思ったのだが、落ち着きすぎて寝てしまったらしい。
目元からずれてしまっていたタオルをとると、赤みはいくらかひいていた。目元に残った涙のあとをそっと拭いてやると身じろぎをするが起きる様子はない。無理に起こすのも忍びなく、できるだけ起こさないように寝室に運んだ。




