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悪夢

会食はさんざんだった。ひたすらヴァンさんに話しかられてうっとおしかったのか、あまりの機嫌の悪さに隣に座る殿下からは冷気が漂ってきていたし、私は私で目の前に座るヒイラギさんから見つめられ、ウインクされ・・・決して話しかけられはしないのだが、むしろそれよりも性質の悪い状況に息も絶え絶えになっていた。


こんな辛い会食、二度と経験したくない。さて、今日は早いとこ寝てしまおう。そう思い寝室に向かおうとしていたらノックの音が聞こえてきた。マルガリータさんも帰ってしまったから、自分で開けるしかなく、そろりと扉を開く。


「よっ!」


バタンッ。


何、今、いた。いましたよ、なぜか、ヴァンさんが。会食中、一言も話さなかったし、目すら合わなかったというのに。なぜ部屋に。思わずしゃがみこんで悩んでいると、扉が開いた。


「入るぞ。」


勝手に部屋に入り後ろ手に扉を閉め、パタンと静かな部屋に音が響いた。


「あ、あの、リヒト・・・様?」


慌てて立ち上がり、ヴァンさんから距離をとろうと後ずさりをする。昼の顔、夜の顔。ヴァンさんとしての顔、リヒト王子としての顔。同じ顔なのに、全く違って見える。なんだかすこし恐い。


「なぁ、お前、本当はどっちなの。」


「え?」


「使用人の顔と、婚約者の顔。なぁ、どっち。」


まずい。やはりヴァンさんは気づいていたのだ。私が、外で出会った使用人と同じだと。会食のときは知らないフリをしていたのか。けれど、決してバレるなと言われているし、ここはなんとかごまかすしかない。


「な、なにをおしゃっているのか・・・。」


はははと力ない笑みを零しながら一歩ずつ後ろに下がる。けれど、ヴァンさんは爽やかな笑みを浮かべたまま、一歩、また一歩私に近づく。トンと足に当たり、そのせいでバランスを崩して尻をついたのはソファだった。


「お前、本物の婚約者じゃねぇな。大方コーリアに命令されてんだろ。レンの虫除け代わりか・・・あ、でも婚約発表があるって言ってたな。影武者か?」


不敵に笑いながら見当をつけるヴァンさんの予想はそんなに間違っていない。影武者も、身代りもたいして変わらないもの。


「なぁ、あんな堅物につくよりもさぁ、俺と国に帰らねぇ?」


「えぇっ!?」


「俺、お前のこと気に入った。国に連れて帰りたい。いや、連れて帰る。」


ヴァンさんは私の髪を一束すくい、それに口付ける。私の知っている姿からは想像できないほどの妖艶な仕草に胸がどきりと鳴る。


「えぇっ、ちょっ・・・」


「ん?それともこっちにしたほうがいいか?」


今度は髪から手を離し、頬に手をそえ、親指で下唇をなぞる。ぞくりと背筋が震える。恐い。徐々に顔を近づけてくるヴァンさんの雰囲気がすごく恐い。


「ま、待ってください。ヴァンさん!何か勘違いを・・・」


「勘違いじゃねぇ。俺、その名前“ダリア嬢”には教えてねぇよ。」


「うっ。」


唇をなぞっていた指が口の中に入り、歯列をなぞって自由に動く。


「なぁ。このまま、いい?」


もう一方の手が胸元のリボンに掴み、はらりと解いた。そこで私のキャパシティは限界に達した。


「・・・ぅぇっ」


「ん?」


「うぇっ・・・・・・ひっく・・・」


「え、ちょっと待て、落ち着け。泣・・・」


「うわぁぁぁぁんっ」


「わわっ!ごめんって!冗談だって!いや、冗談ってわけでもないけど・・・。」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっ」


今まで怪しく笑っていたヴァンさんは、私が泣き出したことでものすごく慌てだした。部屋に飾ってあった花を私の頭に挿してみたり、茶をついでみたり、お菓子を口にくわえさせたり。私も途中でもうどうでもよくなったんだけど、それでもなかなか涙が収まらなかった。


「あー。ホントに悪かったって。お願いだから泣き止んでくれ。」


そう言って、ヴァンさんが私を強く抱きしめたその時、ノックの音がして、部屋の扉が再び開いた。




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