不機嫌
「なぜ言わなかったのです。」
「え?」
「ヒイラギ殿とパーティーで会っていたことをですよ。大方ちやほやされて浮かれていたのでしょうけれど。」
部屋に着くなり、ソファに座るよう促される。いつもとは違う様子に(いや、ドス黒いオーラを背負っているのは珍しくはないんだけど。)黙って言う事を聞き素早く座ると、コーリア様は私を囲むようにソファの背もたれに手をつき…つまり覆いかぶさるようにして凄んできたのだ。
「いいですか。ヒイラギ殿の言っていることは全てが世辞です。社交辞令です。出まかせです。」
…そこまで言わなくても。怒ればいいのか、泣けばいいのか、笑えばいいのかわからず口元がひくひくする。って、その前にパーティーでは名乗ったりしてないからあの紳士が誰かなんて知らなかったんですけど!
「パーティーでお会いした方がどなたか知らなかったんです。それに、ヒイラギ様にお会いしたときは殿下もいらっしゃいました!」
それに浮かれてもいません!ヒイラギ様ってなんか怖いですもん!コーリア様からなるべく距離をとりながら早口でまくし立てる。喰われるんじゃないかってほどの視線になんとか耐えていると、ふとコーリア様の視線が外れ、体も離れた。
「あれが人の顔を覚えるわけないでしょう。」
大きなため息を付きながらぼそり呟く。疲れているのか、そのままドサリと隣に腰を降ろした。
「えーと。コーリア様、お疲れですか?」
コーリア様にお茶を入れるため立ち上がろうとすると、手首を掴まれ、ストンとソファに戻された。
「あ、コーリア様?決して逃げようとしたわけではなくお茶を入れようとしただけですよ。」
慌てて弁解したのに、コーリア様の表情は未だ優れない。
「いいですよ。貴女も今日は疲れたでしょう。かなりの量の荷物を頼みましたからね。」
「えっ・・・。」
おかしい。コーリア様が優しい!どうしよ。明日嵐かもしれない。槍が降るかもしれない。もしかしたら熱があるのでは、と恐る恐るその曇った表情を覗く。
「会わせたくなかったんです。」
「へっ?」
「ヒイラギ殿には仕事の関係で何度かお会いしたことがありますから。食えない男ですよ。甘い言葉を吐きながら胸中ではいかに相手より有利に物事を進めるかを考えています。まぁ、同属嫌悪なのかもしれませんが。貴女なんて簡単に騙されそうですし。」
コーリア様の、自分の足に肘をついてそっぽを向く姿はなんだか子どもっぽい。ドス黒かったオーラも気が抜けたのかやわらかくなっている気がする。・・・の前に、待って。同属嫌悪?
「コーリア様、甘い言葉なんて吐いたことなんてありませんよね?どこが似てるんですか?」
コーリア様の首が、ぎぎぎっと音がなっているかのようなぎこちない動作でこちらを振り返る。
「貴女って人は・・・」
「ふふっ。ウソです!心配してくれてありがとうございます!コーリア様!」
眉間にしわを刻み、頬を赤く染め、不機嫌さを体現している姿はいつも通り恐ろしい表情だ。けれど、普段見下ろされているのに今は同じソファに座って同じ目線にいるせいか、あまり怖くは感じなかった。
その後のでこピンがものすごく痛かったけど。




