遭遇
ぜぇ。はぁ。ぜぇ。はぁ。
城と城下町の間には、長い、なっがぁぁい階段が続いている。階段ではなくただの坂になっているところは馬車の通る道で、ゆるやかな坂が階段の倍の長さは続いているのだ。きつくても階段を上り下りしたほうが早く移動出来る。
コーリア様からにお遣いを言いつけられ城下町に来た。「王子殿下の婚約者ダリア」としてではなく、使用人として。
「今日はいよいよ客人がいらっしゃる日です。貴女の相手をしている暇はありませんので、ちょっと頼まれてもらえますか?」
と言って頼まれた事はもちろん“ちょっと”ではなかった。城下街の有名菓子店で季節限定の焼き菓子を多量に購入し、紅茶の専門店で茶葉を5キロ購入、コーリア様が注文していた本を取りに書店へ立ち寄り・・・。って最後のお遣いって、これコーリア様の個人的なもんなんじゃないの。「効率的な調教法 完全版」とか書いてるんですけど。
しかも一軒一軒離れたところにあるもんだから、全て回るのにものすごく時間がかかった。朝出かけたはずなのに、もう夕方である。購入した荷物を抱え、今度は街から城へ続く階段を一つ一つ登っていくが、すぐにバテてしまう。帰りがあまりにも遅いとコーリア様が仁王立ちしている姿が目に浮かぶが、どうにも足が棒のようでなかなか先に進めないのだ。
ちょっとだけ・・・休憩、と階段の隅のほうに腰をかける。すると、私と同じように城下から登ってきた人が心配そうに声をかけてきた。
「おい、お前大丈夫か?」
茶色地に細かい刺繍が施された旅装束にしては小奇麗な衣装に身を包んだ男だ。私以上に荷物を背負っているのにその足取りは軽い。夕日に染まった短めの髪をきらきらと光らせ、こちらの顔を覗き込んでくる。
「お前も城に行くのか?」と聞かれこくりと頷くと、「俺もだ。一緒に行こうぜ。」と私の荷物を持ってくれる。それも一番重たい本と茶葉を。
「あのっ、大丈夫です!持ちます!」
「いいって。こんな重てぇの、ガキには無理だって。」
男はけらけらと笑いながら先へと進んでいく。荷物を持ってくれるのは嬉しいのだが、ガキって、いったいいくつに見られているのか。
「あの、私今年で18歳になるんですけど。」
「えっそうのなのか?てっきり13、4くらいだと。」
男は目を見開いて驚き、ぽかんと口を開けている。13歳だなんて失礼な。それはあんまりだと抗議すると、ニカッと気持ちの良い笑みで私の頭を乱暴になでる。「ニヤリ」とか「フンッ」などの、冷笑ではなく爽やかな。
「ははっ。冗談だって、15くらいかと思ったんだ。」
「それもたいしてかわりませんっ。」
くだらないやりとりをしているうちに頂上、城門にやっと到着する。ヴァンと名乗った男は、私よりひとつ年上の19歳で、年も近いからかとても話しやすかった。城の客人だから、商人、あるいはけっこう良いとこのお坊ちゃんかもしれない。それなのに、使用人の私にも気さくに話してくれるのが嬉しい。優しくされたのが久しぶりで涙が出そうだ。
だって城で関わる男の人って殿下とコーリア様くらいだもの。あの2人が荷物を持ってくれるとは思えない。殿下は一人悠々と馬車で先に行ってしまうだろうし、コーリア様は嬉々として荷物を倍に増やしそうだ。だから荷物を持ってくれるヴァンさんがとても頼もしく思えた。
「じゃ、俺はこっちだから。」
客人である彼は城に正面から入るらしいが、使用人として城を出てきている私は、使用人用の出入口を使わなければならないのだ。
「はい。ヴァンさんありがとうございました。」
「あぁ、じゃあまたな!」
爽やかに去っていくヴァンさんの背を名残惜しく思いながら、私は部屋へと急いだ。
「客人とは貴方のことでしたか。」
「おっ!コーリアじゃねぇか。相変わらず湿気た顔してんなぁ。」
「余計な世話です。まったく、来るなら来ると先におっしゃってください。普通の貴族のご子息と貴方ではまた対応の仕方が異なってくるのですから。」
「いやぁ、びっくりさせようと思ってよ。」
「はぁ。もういいです。さ、こちらにお越し下さい。王子。」




