客人
殿下視点です。
「お久しぶりです。レンギョウ王子。ご立派になりましたな。王にもますますよく似て参りました。」
「久しぶりだな。ヘリコニア。会うのは5年ぶりか。」
久しぶりに会った貿易商の主人は、赤茶色に白が混じりだした頭と、でてきた腹以外は昔と変わらず、垂れ目に大きめの鼻、口髭をこさえた人の良さそうな顔で微笑んでいる。しかしこれで物を売るときは結構押しが強いというのだから、見た目通りのいい人というわけではあるまい。温和な見た目で警戒心を解き、懐に入りこみ、言葉巧みに物を売る手腕は流石と言えよう。まぁ、悪い奴じゃない。持ってくる品も話も面白いし、俺はなかなか気に入っている。
跪いた状態で顔をあげているヘリコニアを立たせ、握手を交わす。
「今日は王子にご挨拶をと倅を連れて参りまして。近い内に家督はこれに譲りますので以後お見知り置きを。」
ヘリコニアの隣にはもう一人男が跪いていて、こちらはまだ顔を下げたままでいる。父親と同じ赤茶色の、長めの髪を一つに束ね横に流している。座っているだけなのにその身を纏う凛とした空気が伝わってくる気がする。顔を上げることを許可するとゆっくりした動作で顔を上げ
「ヒイラギと申します、レンギョウ王子殿下。お久しぶりでございます。」
男はまっすぐこちらを見つめ、にこりと微笑んだ。久しぶり…?何処かで会ったような気もするが、覚えのない顔に記憶を巡らせる。するとヘリコニアが、
「実は王子と倅は15年程前に一度会っているのですよ。その時はこれの後学のために連れ回っておりました。」
そう言われれば、昔ヘリコニアの息子と会ったこともあるような気もするが、この男の口ぶりはその事を言っているようには思えないし、自分の記憶にあるのも、この、今の姿な気がする。もともと、興味のないこと以外は覚えが悪く、特に人の顔など覚えない。何処かパーティで会ったのかもしれないがどうであろうか。ここにコーリアがいれば、あいつは記憶力がいいから些細な事でも覚えているのだろうが。お陰で昔の事をちくちくと嫌味を言うことも多くて、お前は姑かとも思う。
それはさておき、どうも裏のありそうな、腹にいちもつ抱えていそうな、ヒイラギという男が気になる。父親と同じ作りの、温和そうな顔だ。焦げ茶の瞳が、にこやかに細められた目元の奥でぎらりと光って見える。
楽にしろ、と立たせた男は自分よりも背が高い。…若干だけどな。年齢も上なのか、王子である自分を前にしても少しも臆さず悠然と立っている。しばし視線が合い、睨み合う形になるが、男はすぐさま何事もなかったように笑みをこぼす。
喰えないやつだ。
自分が最も嫌いな、愛想だけの良い、心が読めない人間。こんな男とこれから付き合っていかなければならないのか。
よし。…コーリアに任せよう。
とりあえず一週間、この男が滞在するのが厄介だな。
…コーリアに任せるか。




