閑話
レンギョウ王子殿下視点の番外編です。
光に反射し輝くは金。さらりと風にたなびくそれはほのかに太陽の薫りを運んでくる。黒く大きな瞳はいつも潤んでいて、こちらを惹きつけてやまない。
彼女はこちらに気がつくといつも全力で駆けてくる。それを両手を広げて受け止めれば、嬉しさからか顔にキスの雨が降り注ぐ。
力強く抱きしめ彼女の肩に顔を埋めると、柔らかさと温かさで一日の疲れが吹き飛ぶのだ。一日の中で彼女と会うこの一時のために仕事を頑張っている。
住む世界が違う彼女は残念ながら常に共にいることは出来ない。だからどうにか時間を調整して彼女に会いに行っているのだ。一日と彼女に会わない日はない。耐えられない。
ある日は露に濡れまだ花も起きぬ時間に散歩し、ある日は陽のあたる草原にともに寝転び、またある日は満天の星空の下で愛を語り合った。
晴れの日は野原を駆け、雨の日は四阿で静かに午後のお茶を楽しんだ。
彼女と共にある事を周りにも認めて欲しい。しかし彼女はどうもお転婆すぎて俺の周りの人間を悩ませるらしい。
彼女の駆けた後は泥で汚れ、物が倒れ、壊れる。これを何度か繰り返す内に彼女は城内にいられなくなった。
まぁ彼女が俺の元に来れないとしても、俺が彼女の元に行けば問題はない。こんなことで俺と彼女の愛は壊れやしないのだ。
だが問題は往々にして起こる。俺と彼女との中に嫉妬した奴が、俺と彼女が会うのを阻むのだ。彼女と会おうと時間を詰めれば詰めるほど、仕事を持ってくる。客人を連れてくる。
毎日会っていたのというのに、最近では2、3日空くのはザラだ。そうなると彼女がヘソを曲げてしまい、関係の回復に少し時間がかかってしまう。
現に昨日も一昨日も彼女に会っていない。はぁ。会いたい。
「……王子。手が止まっていますよ。いい加減集中してください。」
コーリアだ。山積みの書類に決済印を押す俺の傍ら両手いっぱいに未処理の書類を持っている。
「じゃあマーガレットに会わせろ。」
マーガレット…麗しき彼女の名だ。可愛い彼女にぴったりの名である。
「いけません。仕事が終わってないでしょう?」
「終わった端からお前が仕事を持ってくるからだろ。」
「それだけ沢山あるのです。」
「もう我慢の限界だ!俺はマーガレットに会いに行く!」
コーリアに吐き捨て、ついでに書類も投げつける。とにかく俺は彼女に会いに行く。
はやる気持ちを抑えもせず執務室の扉に手をかけると、コーリアが俺の背に向かって一言、
「いい忘れていましたが、今日のマーガレットは予防接種のため小屋にはおりません。」
「なんだと?どうして今日に限って。…それから、あれは小屋じゃなく屋敷と言え。」
彼女に会えないストレスは頂点に達しコーリアの胸倉を掴む。それなのにコーリアは怒りもせず、むしろ呆れた顔をしている。そう冷静にいられるのは余計に腹が立つ。
「仕方ないでしょう。城下の狂犬病の一斉予防接種が今日だったんですから。それともあの犬が狂犬病にかかって処分されてもいいんですか?」
「犬って言うな!」
「犬は犬でしょう。何が違います。」
「彼女にはマーガレットという名が。」
「生物学的分類では犬です。 哺乳網食肉目イヌ科イヌ属。まごうことなく犬です。」
「コーリア。貴様….」
フルール城は今日も平和です。




