二人
ノックと同時に入ってきたのは冷静沈着の美丈夫、冷徹で人に容赦がなく、般若ときに悪魔の顔を持つことで知られる第一王子の側近コーリア様だ。礼は重んじる人だと思っていたのだが、私は慮るに足りない人物なのだろうか。寝室に無断で入るとは。私、一応病み上がり(火傷の場合こう言うのが正しいのかどうかわからないけど)なんですけど。
「あれから何時間経ったと思っているのです。いい加減出てきなさい。そして仕事をしなさい。」
「だからここにいくつか持ってきているだろう。」
「そんなものよりも緊急性が高いものがあります。」
「じゃあここに持ってきてくれ。」
「たくさんあるんです。いいから執務室に戻ってください。というか、仕事は女性の寝室でするものではありません。」
ずかずかと寝台に近づいてきたかと思うと私などいないかのような言葉の応酬が始まる。
コーリア様の言い分を聞くに殿下はずいぶんと前からここにいたらしい。用事があるなら起こしてくれてよかったのに。そのほうが無表情の殿下と恐ろしい般若のようなコーリア様の言い合いの現場に居合わせなくてすんだかもしれない。ていうか殿下はちらちらとこちらを見ないでほしい。その視線を追って私と目が合うコーリア様が怖いもの。
「あの・・・・」
「だいたいレンは一つのことに興味を持つと周りが見えなくなる癖をいつになったら治すんです。いい加減なさい。曲がりなりにも貴方は王太子なのですから。」
「曲りなりとはなんだ。コーリアも昔から変わらないな。口うるさい男などモテないぞ。」
「誰のせいで口うるさくなっていると思っているのです。」
「俺のせいだとでも言うのか。」
あぁ、これは終わりそうにない。男同士の口喧嘩なぞ何もここで繰り広げなくてもいいのに。しかも内容は実に子どもっぽい。感情に任せて言いたいことを言い合う二人はいつもの憮然とした態度からは考えられない。
いつまで立っても終わらない二人にいい加減うんざりしてくる。もう勝手に起きよう。殿下と反対の方向から寝台を降りる。足に引きつったような痛みがあるが、マルガリータさんはいないし、乙女の寝室で言い争いをするような殿方には手を借りられない。それに寝ている間に汗をかいたようで先ほどから気持ちが悪いのだ。部屋に備え付けの風呂場で水浴びでもしようと一歩踏み出す。途端に火傷した箇所に強い痛みが走る。
「っつ。」
立っていられず、ぐらりと身体が傾く。あ、こける。床にあと少しで手が付く、というところで誰かの腕に支えられた。
「何をしている。寝ていろ。」
さも私が悪いかのような、子どもを嗜めるような口調で殿下が私を見据える。え。男二人が口喧嘩する場にいたくないっていう心情は無視なわけですか。誰のせいだと。
そのまま有無を言わさず寝台に戻され、コーリア様はいつの間にか外に控えているメイドに何か指示を出している。間もなくしてマルガリータさんが部屋に入ってきて、てきぱきと男二人を寝室から追い出し、濡れたタオルで汗を拭いてくれ、足と腹部の包帯を巻きなおし、着替えさせてくれたのだった。




