関心
コーリア視点です。
まず目に入ってきたものに驚いた。いるはずの場所におらず、いないはずの場所にいる。何か話をするわけでもなくじっと一点を見つめている。
何故か“ダリア嬢”の部屋には王子がいた。部屋の主である彼女の寝台の側に椅子を持ってきて座っている。彼女はというと薬が効いているのだろうか、ぐっすりと眠っているようだ。
侍女に話を聞いたところ、彼女は昨夜から火傷の痛みに魘され、痛み止めを飲んでようやく今朝方眠りについたそうだ。体力も回復していない今、起こすのも忍びないと寝かせたままにしているらしい。そして殿下もそれを了承した上で部屋に入ってきたというのだ。
「王子、このようなところで何をなさっているのです。」
ため息混じりに問うてみれば「観察している」とだけ返ってきた。なんでもダリア嬢とこの娘の違いを探そうとしているらしい。いつもは仕事をサボることなどないのだが、自分が何かに興味を持つと公務よりもそれを優先させてしまうことが稀にある。王子はけして暇ではない。それに婚約者に、そもそも女性に関心などなかったはずだ。本物と偽者の違いなどどうでもいいことだろうにどうしたというのだろうか。
「それで?違いは見つかりましたか?」
「いや。本物のほうを覚えていないから無理だった。暇つぶしのようなものだ。」
それでようやく彼女から目をはずす。
「ならとっとと公務に戻ってください。」
叱責しているというのに、この男は全く動じない。王子に対して無礼とも言える態度かもしれないが、王子とは幼い頃から兄弟のように育ってきたのだ。互いに遠慮などはない。
「コーリアこの娘の名はなんという。」
「は?」
「だから名はなんだ。」
本当にどうしたというのだろう。この娘に興味を持ったのであろうか。たった半年しか関わることのない娘だ。名などどうでもいいはずなのに。
「どうしたのですか、いきなり。この娘に興味を?」
娘に関心を持ってしまったら困る。しかも彼女は偽者だ。そのために公務が滞ってしまっては全く意味がない。どうせなら本物のダリア嬢に関心を持ってくれればこのような代理を立てるという面倒ごとにはならなかったかもしれないのに。
そういえば以前王子が公務よりも関心が高いものを持ったときは本当に困った。それというのは王子付きの騎士が飼っていた犬が産んだ子犬だったのだが、一日中放さなかったものだ。犬が大きくなってからは随分マシにはなったものの、今でも愛犬と触れ合う時間はかかせないようだ。仕事を怠ることはないから特段困らないのだが、愛犬と触れ合う度に予定がずれる。王子の変則的なスケジュールに付き合わされるこちらの身にもなってほしい。
「この娘は北方の生まれらしいな。故郷の話を聞いて今後の政策に活かそうかと思ってな。」
「・・・そうですか。なら自分でお聞きなさい。そして女性の寝顔を観察するという趣味の悪いことはやめて仕事に戻ってください。」
娘に興味を持ったのではなく、娘の生まれた土地についてですか。相変わらず仕事熱心なことで。
公務に影響が出るのは戴けないが、ようやく女性に目を向けるようになったかと少しは安心したというのに。
どうやら王子は筋金入りの仕事一筋の堅物らしい。まだ動く気配のない王子を置いて一足先に執務室に向かうことにした。




