手当て
「殿下・・・?」
頭一つ分以上背の高い殿下が目の前に立てば、ずいぶんと威圧感がある。常に眉間にしわが刻まれ、あまり感情を露わにしない殿下は表情からはその心を読み取るのが難しい。その前にめったに会わないけれど。
そんなことを思っていると、ふいに殿下がドレスの汚れた箇所に触れた。殿下の行動には驚いたがそれよりも触れた振動で布地が火傷した箇所に揺れ、また痛みが走り思わず顔をゆがめてしまう。必死に笑顔を作ろうとしていたというのに。やはり痛みはひどくあまり耐えられそうにない。
「っ。」
思わず声が漏れる。
「・・・まだ熱い。熱湯をこぼしたのか。」
普段目を合わせない殿下に鋭い視線で見つめられ、身がすくむ思いをしながらも正直に「はい」とだけ答える。すると殿下は顔を一瞬、さらに眉間にしわを刻んだかと思うと、いきなり私を横抱きに抱き上げた。
「で、殿下っ!?」
そのまま早足で私の部屋のある方へと向かっていく。殿下の行動にはコーリア様も驚いたのか、戸惑いながらも慌てて付いてきた。驚きと恥ずかしさ(とほんの少しのときめき)で暴れて抗議してみるが、殿下の顔は真剣で「降ろしてください」と何度言っても聞いてくれることはない。途中コーリア様に医者の手配を命じただけだ。
仕事中の使用人や官吏たちは何事かとすれ違うたびに私たちを振り向いている。殿下の首に手を回すのもなんだか失礼な気がしてできない。殿下がしっかりと抱きとめてくれているおかげで不安定な状態ではないが心は落ち着かない。だが細身だがけっこうがっしりしている殿下の腕や手が身体に触れていると意識すると黙っていられない。
「殿下、お願いですから、」
「黙っていろ。舌を噛みたいのか。」
火傷の痛みよりも、息がかかるほど至近距離に顔が迫りおまけに天上人のごとく尊い方に抱き上げてもらうというこの状況に居たたまれなくて、ただ殿下の服をぎゅっと握って爆発しそうな心臓の音と恥ずかしさにただ耐えた。
部屋のドアをマルガリータさんが急いで開けると、殿下は私を抱いたまま風呂場へと直行する。
風呂場に着いて私を静かにおろすと桶に水を溜めそれを服を着たままの私にかけた。
「うっっ。」
ひどい痛みが走る。篭っていた熱がようやく鎮まるが、水をかけられる振動にさえひどく痛む。どうやら火傷は結構重症らしい。腹部から足にかけて何度も何度も水をかけられる。湿ったドレスは身体に張り付き、足などは身体のラインが浮き出てしまっている。
「ま、待ってください。自分で服を脱いでからしますので!」
黙ったまま何度も水をかける殿下の手を止めようとすれば、頭上から強張った声が降りてきた。
「馬鹿かお前は。無理やり服を脱げば皮膚ごとはがれるぞ。熱湯をかぶってからどのくらい経った?火傷はすぐに処置しなければならないんだ。大人しくしていろ。」
こんなにたくさん言葉を発する、しかも激高する殿下なんて初めてみた・・・という素直な感想を押し込め、殿下の言葉に従った。コーリア様とは違う、怖さというか、恐れ多さとういか、従わざるを得ない、得たいの知れない何かが殿下の言葉にはあるのだ。これは次期王としての威厳なのかはわからない。
その後、コーリア様が医者を連れてきてくれ、寝室で治療をしてもらった。そこにはさすがに殿下はついてこなかった。そして城お抱えの医師やメイドたちにドレスを慎重に脱がせてもらい、あれやこれやと治療を受ける。
熱湯がかかった箇所は赤くなり、左腿はただれて水ぶくれができていた。「あとには残らないでしょう」とのことだったし、安心した。見えない箇所とはいえ、傷物の私なんて嫁にいけないかもしれない。ただでさえ息遅れ街道まっしぐらなのに。
軟膏を塗り、包帯でまきつけ、ゆったりとした寝間着に着替える。ようやくベッドに横になる頃には結構な時間が経過していて、殿下もコーリア様も公務が残っているとの理由で応接室にはいなかった。
今日の殿下は変だった。私のことなんか興味がないと言っていたというのに。抱き上げ、わずらわしいだろう火傷の応急処置までしてくれるなど思わなかった。
それよりも熱湯がかかったのが私で良かったと思う。他の令嬢たちに怪我をさせるわけには行かないし(コーリア様に殺されそうだし)、本物のダリア嬢にしようものなら最悪国家間の責任問題になるかもしれない。一使用人の私の怪我など、簡単にもみ消せる。私が我慢さえすればいいのだし。でもあとで労災申請してやる。
あぁ今回の不祥事というかトラブルのせいでコーリア様のマナー講座がより厳しくならなければいいのだけれど。
その日、火傷の痛みにうなされ私がようやく眠りにつくことができたのは明け方になってからだった。




