嫉妬
コーリア様に叩き込まれた所作で、カップとソーサを置く。カチャリと音がしようものなら容赦なくひっぱたかれたものだ。
「はい。大変珍しい味ですわ。エリカ様、お気遣いありがとうございます。」
「気に入っていただけて嬉しいですわ。」
美味しいとは言ってやるものか。年頃の娘たちの笑いあう姿は傍目から見れば微笑ましいかもしれない。実際、私も昔は遠くで見かける令ご嬢たちを羨ましく思っていた。けれど仮面の下に醜い感情を隠し、水面下で牽制し合う状況は正直言って面倒なことこの上ない。本物の婚約者は私ではないのに完全にとばっちりである。
殿下も殿下だ。この薄ら寒い雰囲気の中にいるのが嫌だったのだろう。席にも着かず早々に退散して。せめて殿下がいれば、ご令嬢たちの視線を集めてくれただろうに。いい迷惑だ。
ふぅと周りにばれないほど小さく息を吐いたとき再びエリカ様が私に向けて話しだした。
「それにしてもレンギョウ様は本当に素晴らしい御方なのですね。」
真意がわからずそのまま耳を傾ける。
「花嫁さまの意義をしっかりと見極めになるなんて。北国との交流を深めればさらに国が安定いたしますものね。やはり未来の王妃たるもの、時に見目や品位以外のことも必要ですものね。」
「そうですわねー」と他のご令嬢も同意する。どういうことだろう。あれか。つまり、私は顔も身体も品位も平々凡々と言いたいのか。それで私と結婚するのは国のためだと。だから殿下は素晴らしい方なのだと。でも、品位は別として本物のダリア嬢も同じ顔なのだからこればかりは仕方がないと思う。私ではなくダリア嬢を選んだ人に言ってほしい。ついでに私を身代わりにしたダリア嬢にも。
「えぇ。真に国のためを思い、日々公務に勤しまれておりますわ。」
エリカ様の真意に気付かないフリをして微笑み返す。ここで口答えでもしてこの場が騒ぎになろうものならコーリア様の恐ろしい制裁が待っているに違いない。まともにやり合わず流すに限るのだ。
「・・・ときに花嫁さま。好きな演劇は何ですの?」
私の反応が気に入らないのか少し声のトーンを落としたエリカ様が話題を変える。好きな歌劇でもよろしくてよ、と言われるが13歳から今までそのような娯楽に出かけた覚えはない。父が存命の頃一度だけ街に来ていた演劇を見に行ったくらいだ。
「そうですね・・・『幸せの黄色い鳥』でしょうか。」
確か観にいったのはそんな題名だった。小さな兄妹が、幸せを求めて伝説の黄色い鳥を探しに森へ出かけるファンタジーだ。絵本を題材にしたそれは、子どもには大人気の演劇である。
「まぁ。そのようなタイトル聞いたことありませんわ。」
エリカ様がご存知?とほかの令嬢に問えば一様に頭を横に振る。そりゃそうでしょうよ。確か庶民向けだもの。
「幼い頃に家族と行ったもので・・・良い思い出なのです。」
父と母と私の3人、まだ弟妹が生まれてなかった頃。その頃からすでに家の財政状況は傾いていたけれど、せっかく街に劇団が来ているということで観にいったのだ。初めて観る演劇はとても新鮮でわくわくして・・・。懐かしい思い出に浸りつつも、少し寂しく思う。
「最近は行かれないのかしら?」
またもやエリカ様が問うてくる。「最近は・・・」行っていないと応える前にエリカ様が口を開く。
「わたしくは『ロザリア王女』ですわね。レンギョウ様の曾祖母様の生涯を舞台にしたものですわよ?花嫁さまは観てらっしゃらないの?」
肯定すればエリカ様は勝ち誇ったような表情になる。
「そう。わたくしは、レンギョウ様と弟君、宰相である父と4人で行きましたのよ?」
とても楽しかったわ、とうっとりした顔で微笑まれる。
「お忍びで言ったつもりなのに、周りにバレてしまって大変だったの。だって皆が、殿下とわたくしが恋仲と勘違いなさるのですもの。」
大変と言いながらも、満更でもないというか当然だという感じだ。
「だってエリカ様は、殿下ととてもお似合いですもの!」
「そうですわよ!お二人が並ぶと絵に描いたようですもの。」
すかさず取り巻きはエリカ様を持ち上げる。目の前に花嫁(と同じ顔をした偽者)の私がいるにも関わらず。私(ではなく本物のダリア嬢)が王妃になった時に自分たちの立場が危うくなるかもしれないとは考えないのだろうか。
「やだ、花嫁さまがいらっしゃるのに悪いわ。私など到底敵いませんわ。」
そう皆を嗜めるエリカ様はちっとも悪いと思っているようには見えない。自分が得たかった場所を取られ、その場所を取り返そうと必死なのか。冷静に眺めていれば実に令嬢たちが滑稽に見えた。逆毛を立てた子猫のごとく私を牽制している。
偽者の私にいくらしても意味はないというのに。




