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不運

はじまりました。新連載。「星と太陽」も途中ですが、こちらもよろしくです!

私は今、窮地に立たされていた。


「さぁ、どうするのですか。」


目の前に立ちはだかるは鬼、いや悪魔か。底冷えするような声に思わずぶるりと震え上がる。


スラリとした手足に長身の持ち主。きりりと切れ長の藍色の目にスッとした鼻立ちでとても整っている。だれもが憧れるような顔立ちの男。


私が勤めるフルール城の第一王子の側近である。メイドの間ではクールビューティーイケメンと噂される殿方だ。


だけど今は恐ろしくてとてもじゃないけど拝むことなどできない。痛いほどの視線を浴び、大理石の冷たくて固い床に正座させられている。

側近様の後ろにどす黒いオーラが見えるのは気のせいではないと思う。


「あ、あの、わ、私・・・その・・・」


口は渇いているし、歯はカタカタと音が鳴る。手は汗でぐっしょりと湿っている。

こんなになるほどの見えない圧力を今、私は目の前の側近様から受けている。もはやカエルが蛇に睨まれるがごとく身動きができない。なんだか息も苦しくなってきた。


「も、申し訳ございませんっ!私にできることならなんでも致します !ですから・・・どうかクビにはしないでくださいっ!」


手をつき床に勢いよく頭を下げるとゴツンと音がした。

さすが大理石。ものすごくおでこが痛い。

けど、そんなの気にしてられない。


「あなたのような一介のメイドにできることなどないと思われますが。」


思いきり頭を下げたというのに冷たい言葉が降りてくる。


でも、そりゃそうですよ。

私はフルール城に住み込みのメイドとして働いている。王族の世話なんてとんでもない。侍女や執事の下の下の仕事で、城に仕える人たちの世話をする感じだ。そんな私が小間使いとして奔走していたときに、事件は起こったのだ。




メイド長から頼まれた物を持って城の廊下を走っていた。


が、いつも私が働いているのは城の別棟。城に勤める人の宿舎があるところだ。メイドや騎士の部屋の他、城で働くものの休憩室がある棟である。中には家庭を持っていて、城の外に屋敷をもつものもあるが、基本的に未婚のものは城の別棟の宿舎に寝泊りしているのだ。そこの掃除や管理をするのが私の仕事だった。


とにかくめったに入らない城の本館、私は見事に迷ってしまった。今思えば、上に上に走って迷った私であるが、メイド長室(この部屋は本館にある)まで持って来いと言われて、その部屋が城の上層部にあるわけがなかった。

だいたい、そのような部屋は城の下層部にあって、上層部は位の高い人たち専用の階となっているのだ。


それで、人気の無い廊下に警戒し、辺りに全神経を尖らせながら歩いていたとき、ある部屋の扉からドンドンと戸を叩く音が聞こえてきた。

いつの間にか私が歩いていたところは真ん中に真っ赤な絨毯の敷かれた豪華な廊下。天井にはこれまた繊細で豪華なつくりのシャンデリアがキラキラと光輝いており、等間隔に私には理解のできないようなオブジェが置いてある。

部屋はいくつかあるみたいだけれど、人の気配は感じられず、静まり返っていた。


そんなところをカツーンカツーンと靴音を響かせながら(なんだか絨毯の上を歩くのが忍びなくて端っこを)歩いていたときだった。


「ねぇ、そこに誰かいるの?」


戸を叩く音と共に声を掛けられる。女の子の声だ。年のころは同じくらいだろうか。その声は若い。


「はい、こちらにおりますよ。」


急に声を掛けられて驚いたものの、ついでに道も聞こうと扉の前に立ち止まった。


「あぁ、良かった。誰かが通りかかるのを待っていたのよ。」


安堵したような声が聞こえる。良かった。私ごときが人を安心させることができるなんて。


「いかがいたしましたか?お嬢様。」


こんな立派な部屋にいるのだ、どこかのお嬢様であろうと推測する。


「このドアを開けて欲しいのよ。外から鍵が掛かってるみたいで。」


そう言われてふとドアノブを見てみると、鎖ががんじがらめに巻きつけてあった。扉は両開きで、掴んで回す方ではなく下に押し下げるレバータイプのもの。そのレバー二つにぐるぐると巻きつけられている。


「誰かが悪戯したみたいで、気がついたら開かなかったの。」


「それはひどい。すぐにはずしますね。」


胸に抱えていた物―メイド長から頼まれていた書類―を一旦床に置き、鎖をはずすのに取り掛かる。

それはかなり固く取り付けてあってなかなか梃子摺ったけど、幸いにも南京錠などが付けられていなかったし、はずすことができた。


「お待たせしました。」


扉を開けると、そこには自分と同じくらいの年頃であろう少女が心細そうに立っていた。


「あぁ、ありがとう。ずっと外に出たかったのよ。」


栗色のやわらかそうなロングヘアにぱっちりした目、化粧も濃すぎず、薄すぎず、ちょうど良い感じだ。


でもその少女はどことなく・・・


「あら?貴女・・・私と似てるわね。」


そう、なんとなく、少女と私は似ていたのだ。背丈も、栗色の髪も、菫色の目も同じ。顔つきもどことなく・・・。


まぁ、私は目の前の少女と違い髪もさらさらじゃないし、化粧なんてしていない、綺麗な格好もしていない。だから全く違うのではあるが。


「ねぇ、あなた、この城で働いている方?」


いつの間にか部屋の中に招かれていた。

その部屋は廊下以上に豪華絢爛!で、ここの床も大理石。部屋の中央にこれまた真っ赤で、ふわっふわな絨毯。ロココ調に統一された家具がセンス良く置いてある。

そして極めつけは薔薇だ。いたるところに飾ってあって豊満な香りが部屋中に薫っている。


少女は部屋の中央にあるソファに座り、私にも着席を勧めてきた。一介のメイドでしかない私は辞退したのだが「お願い」と美少女に言われたら断れません。

せめてもと部屋に一式揃っていたティーセットの準備をしてお茶を差し出す。


・・・と、部屋と美少女に見とれている場合ではない。お嬢様の質問にお答えしないと。


「はい、この城の別館で働いています。今はメイド長の部屋に行く途中だったのですが、久しぶりの本館で迷ってしまって・・・たまたまこの階を通りかかったのです。」


怒られるかもと思って恐る恐る言ったというのに「じゃあ私、ラッキーだったのね」と喜ぶ。ころころと笑うその顔はとても魅力的だ。


「あ、じゃあ出会ったばかりで悪いのだけど、ちょっと頼まれてくれるかしら。」


にこりとかわいらしい笑顔で微笑まれ、どんな内容かも聞きもせず返事をする。

あぁ、やっぱり似ていない。私はこんなに可愛くなんてないもの。


「そう・・・・・・じゃあ、ちょっとの間・・・・・・・。」


少女がふわりと立ち上がり私の背後に回り耳元に顔を寄せながらささやく。

そしてその声が可憐なものからふと低いものに変わった。


「え?」


その瞬間、首筋に強い衝撃があった。


意識が遠のく中「ごめんなさいね?じゃあ、あとはよろしく。」と機嫌よく笑う声が聞こえた気がした。


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