封印
賢者が放ったのは渾身の光魔法。それは極彩色の球体を取り巻く闇を弾いた――が、それだけだった。
『無駄だ』
魔王が告げると、闇が形を成していく。やがて魔王の姿になった時、
「再生、というわけか」
『少し違うな。そもそも私はとうに肉体を捨てている。星神を倒すために、な。所詮器は器でしかない』
「なら、精神を砕けばいいという話か?」
『事実だが、できるのか?』
問い掛けに、賢者は呼吸を整え、
「――やって、みせるさ」
同時、森の外から大量の魔法が降り注ぐ。魔王の気配を察知し……いや、違う。
おそらく賢者は魔法か何かで自分と魔王の会話をどこかに送信していた……それにより、即座に人間側が攻撃を始めたというわけだ。
「――大丈夫!?」
そして女性が駆け寄ってきた。賢者は魔王から後退し、彼女へ問い掛ける。
「状況はわかっているはずだ……最適解は――」
「あれしかないと思う。まさか使うことになるとは……」
「通用するかどうかわからなかったため、真正面から戦ったが……魔王がああいう状況なら、効果があるはずだ」
おそらくそれが、封印の……考える間に賢者達は一度魔王と距離を置いた。魔法が多数放たれたことによって、森の地形が大きく変わってしまったけど、そんなことを気遣うような暇はなさそうだった。
粉塵が消え、魔王が姿を現す。圧倒的な気配が再度生まれているが……戦場で最初に戦った時と比べておそらく魔力量は少ないのだろう。賢者は杖を構え、言った。
「どうやら、再生直後ならば勝機はあるようだ」
『確かに器を再び作り出した直後だ。狙うならばこの時をもって他にないが、どうするつもりだ?』
「……魔王、お前は一つだけ落ち度がある」
『何?』
「戦い方は完璧だった。人間の戦力をすりつぶすように……そして、確実に減らしていった。いかに俺達が一局面で勝利しようとも、それ以上の攻撃により確実に劣勢に追い込まれる……俺達からすれば、悪夢以外の何物でもない」
語りながら賢者は杖に魔力を集め始めた。なおかつ、女性もまた魔力を高め何か準備を始める。
「大局的なものの見方をしていたんだろう。どれだけ人間の力が結集しようとも、問題ないと感じたのだろう」
『だが、先ほど器とはいえ破壊してみせた……それが、落ち度だと言うつもりか?』
「違うな。お前は器ならば再生できる……だから、わざと俺達と戦闘した。この俺達が人間の切り札だと看破し、正面から戦った。そして勝とうが負けようが……器が再生できる以上、次で仕留めればいいだけの話」
『その通りだ』
その瞬間、賢者の杖が一際輝く。
「戦争を完璧に制御していた……が、お前は人間というものがどういう存在であるか、深く理解はできなかった」
『ほう?』
「いるんだよ、世の中には……魔王という存在に対しても、抗えるような策を構築できる存在が」
その言葉と同時、多数の戦士が魔王へ駆けた。まさか捨て石になるつもりか……魔王は大剣を構えそれに応じる。
豪快な一閃が、戦士達へ放たれた。それを全員回避には成功したが……衝撃波でも飛ばしたのか、突撃した全員が何かを受け倒れ伏す。
『なるほど、そちらにも策はあると……だが、目前にいる貴様達を始末すれば終わりだろう?』
「……俺達は、あくまで最後の号令を掛けるだけだ」
刹那、魔力が生まれた。けれどそれは賢者や女性からではなく、魔王の足下からだ。
『……何?』
「繋げ……世界の門よ!」
言葉と共に、魔王の足下に暗い穴のような影が生まれた。それはまるで蛇のような形状となって魔王に巻き付いていく。
『これは……何だ!?』
言いながら魔王は魔力を高め弾き飛ばそうとする。だが、できない。蛇はさらに魔王へ巻き付いていく。
「お前の能力……その多くは、人間を始めとした魔族以外の存在を狙い撃ちするためのものだ。この戦場でも見ていた。お前が剣を振り払っても、同胞である魔族には傷がつかなかった」
賢者はなおも語る。同時に杖の魔力を高め、魔王をさらに拘束していく。
「これはとある人間の研究者が情報と解析により導き出したものだ……今お前を拘束しているそれは、魔力の質が魔族と同じ。となれば、通用しない道理だ」
直後、今度は魔王の背後に黒い空間が生じる。そこから発せられる気配を感じ取り、魔王は叫ぶ。
『馬鹿な……!? 異界の門だと!?』
「この世界のどこかに封印するなんて、さすがに危険すぎるからな……魔王、お前の敗因は、人間をその能力だけで推し量ろうとしたことだ。ちっぽけな存在だろう。強大な器を手にして、負けるはずがないと思っただろう。だが、人間は……あらゆる選択肢を吟味し、対抗策を講じる。そうやって、繁栄してきた」
魔王は身じろぎをする。もしかすると器と精神を分離しようとしたのかもしれない。だが、それもできていないようだった。
「星神……その情報は、俺がしっかりと聞いた。なら、宣言通り……その意志を継いでやる。だから安心して――この世界から、消えてくれ」
『――おおおっ!』
魔王は抵抗し、無理矢理引き延ばした右手を賢者へ突き出した――それが、最後の抵抗となった。
異界の扉がまるで生物の口のように広がり、魔王を食らい閉じきった。圧倒的な気配は霧散したようで、戦士の多くはその場でへたり込む。
「……終わった、よな?」
賢者は膝をついた。余力はもうない……正真正銘、これが最後の切り札だった。
直接戦うことに加えてあらかじめ準備だけはしていた。賢者が魔王と会話をしたのは封印の準備をするため……魔王もまた器を再生させる時間が欲しかった故に、双方とも会話をする必要があったわけだ。
そして、結果的に人間が勝利……とはいえ、決して歓声を上げるような状況ではなかった。まだ魔王は抵抗するかもしれない……そんな不安が賢者達にはあるのだろう。
けれど、どれだけ時間が経過しても魔王は現れない……そこでようやく、賢者は深く息を吐いた。
「これで……だな。でも、まだ戦いは――」
戦争はまだ続いている。見れば魔王の身に何かがあったことだけは伝わったらしく、魔物が大暴れしていた。
「体は重いけど、やるしかないな」
「最後の戦いね」
女性が告げる。他の戦士達も、気合いを入れるような声を発し、戦場へ向かうべく歩き出す。
――決して、神話になるような戦いではなかった。勇壮などとはほど遠い、ギリギリの戦い。けれど賢者達は、確かに手にした……魔王を倒した者という、確かな称号を。




