出陣
――エーメルが去ってからクロワはそれこそ起きている時は常に動き回っているくらいの勢いで戦いの準備を進めていく。彼の妹であるアンジェが心配するほどであり、この戦いがどれだけ重要か……そしてどれほど入れ込んでいるか明確にわかるものだった。
「大きな山場だから、余計にそう感じるのかもしれないけど」
俺は魔族達が忙しなく動く様を眺めながら呟く。ちなみに隣にはソフィアがいて、
「この決戦で大勢が決まるとあれば、気合いが入るのも無理はないと思います」
「それもそうだな……」
ビゼルとの決戦までそう遠くはなさそうだし、俺達もやれることをやろう。
「で、俺達はどうすべきかについてだけど……」
「今のうちに戦争で生じる可能性のある事柄を上げて、どのように動くか決めておくくらいでしょうか」
「そうだな。あとは体を鈍らせないようにするくらいか」
エーメルとソフィアが戦った訓練場で体を動かすくらいは問題ないだろう……あとは精々準備の邪魔をしないことくらいか。
「俺達は戦端を切り開く役目だけど……ビゼル側からすれば要塞で守りに入るわけだし、罠とかあってもおかしくないな」
「クロワさんはその辺り理解しているはずですが、果たして対抗策の準備まで可能なのか」
「かといって俺達二人でどこまでフォローできるのかもわからないから、きちんと対策はしてほしいけど……俺達にできることは、魔力なんかを探ってできるだけ事前に察知できるような手はずを整えておく、とかかな」
レスベイルを連れてくることができなかったのは非常に痛い。鎧天使の姿はさすがに見せるとまずいだろうから戦闘などはできないけど、堕天使との戦いで考案した光の姿でも魔力分析とかは使えたから、戦略の幅も相当広くなったはず……ま、ないものねだりしても仕方がない。やれることをやろう。
「俺は使い魔を応用して罠などを感知できないか試してみるか」
「それは良いかもしれません……国境に存在する砦を突破すれば、あとはエーメルさんと合流するだけなので最初が肝心ですね」
「そうだな。合流後はひたすらビゼルが待つ居城へ攻め込むだけだから、そこからはクロワとエーメルの頑張り次第か」
「もし戦いに敗れた場合、どうしますか?」
最悪の想定だが、検討はしておかなければならないな。
「クロワとも相談だが……彼なら自分自身よりも部下を優先しそうな気がするな」
「退却する場合、殿はクロワさんが?」
「さすがに誰かが止めるだろうけど……俺やソフィアに頼んで一緒に退却してくれと言われる可能性もあるぞ」
「かもしれませんね……その場合は承諾するんですか?」
「さすがクロワを死なせるわけにはいかないからな」
彼だけなら抱えて逃げればいいだけの話だし、そう難しくはない。
「全員を助けるのは無理だろうけど……ま、できる限り助けられるように立ち回ろう」
そこから俺はソフィアと共にさらに話を進める……そうした中でソフィアの口から漏れたのは、ビゼルの戦争兵器だった。
「ルオン様、兵器とはどのようなものなのか気になりますね」
「さすがに投石機なんかを作っていても戦争兵器とは呼ばないだろうし、魔法絡みであることは間違いなさそうだ……そうなると当然大規模なものになるはず」
「どのような兵器なのかわからないところが、難しいですね……ただ兵器と称する以上、多くの方々が亡くなる可能性がありますし、できることなら破壊したいですよね」
「ああ」
俺は同意しながら頭の中で立ち回り方を提案する。
「要塞の扉を魔法で破壊後、クロワ達と共に進軍。エーメルと合流したら俺達は兵器を破壊しに向かう……こんなやり方もありそうだな」
クロワとも話し合う必要はあるけど、彼にとっても兵器というのを結構危惧しているはずだ。俺達の案に乗っかってくる可能性は高い。
「この戦いをきっかけに、帰ることができればいいですね」
ソフィアの言葉。俺は神妙に頷き、
「ああ、早くみんなに顔を見せないと」
そう答え――会話は終了。俺達は城内で決戦の日まで静かに過ごすこととなった。
やがて、クロワから出撃の命が下る……短期間で準備したとは思えない軍勢が、俺達の前に姿を現していた。
「ビゼルを討つ……! この僕に、力を貸してくれ!」
そう朗々と告げるクロワに魔族達は呼応する。生み出された悪魔でさえも彼の言葉に咆哮を上げ……脇で見ていた俺達は、その迫力に圧倒される。
「この城の主となり、さらにウィデルスの領土については完全にモノにしたな」
「そのようです」
ソフィアは返事をした後、別方向を見た。俺達の近くにはゼムンとアンジェがいるのだが……クロワが語っていたとおり、両者は留守番だった。
こちらの視線に気付いたか、ゼムンが俺達へと近づいてくる。
「ルオン殿、クロワ様のこと、よろしくお願いします」
「……大一番に出陣できず、歯がゆい思いもあるんじゃないのか?」
なんとなく問い掛けるとゼムンは深々と首肯。
「ええ、私としては絶対にクロワ様と共に……そんな風に考えていましたが、出撃と肩を並べるほどの重要任務ですからね。仕方がありません」
もし戦いに敗れればアンジェの身が危うくなる。だからこそ側近であるゼムンにその護衛を託した……彼としては失敗した場合でもきちんと備えておきたいわけだ。ゼムンが護衛ならば、クロワとしても安心ってことだな。
「かなり厳しい戦いとなるでしょう。この城で、ご活躍をお祈りしております」
「ありがとう」
そう俺が返事をした直後、クロワが剣を抜き放ち掲げた。
「かの者を討ち、この魔界に安寧の世をもたらす……この戦いで全てが決まる! 必ず、勝つぞ!」
さらなる雄叫び、それらを耳にしながら俺はクロワを眺める。目の前に広がる軍勢はウィデルスと相対した時と比べても圧倒的に多い。果たして彼が制御できるのか……そういう懸念もあったが、背負う覚悟を抱いているクロワを見たら、いけるだろうとなんとなく思ってしまう。
少なくとも、君主として兵を背負うだけの力はある……軍勢を見ても臆した気配のないクロワを見て、俺はそう確信した。
「進路は北だ! いざ、ビゼルの下へ!」
鬨の声が聞こえ、進軍を開始する。俺とソフィアは後方で追随する形となっているため、しばし待機となる。
そうした中でクロワが俺達へ声を掛けてきた。
「いよいよ始まる……けれどこの手勢だけでは要塞を突破できても戦力が激減する。勝つには、二人の協力がいる」
「任せてくれ」
俺の言葉にクロワは「頼む」と告げ、彼もまた動き始めた。
俺とソフィアは烈気みなぎる軍勢を見据え、しばし沈黙する……なんとなく魔王との戦いの際に行軍したことを思い出す。あの時もこんな空気だった。
「長い戦いになりそうですね」
ソフィアが呟く。俺は内心同意し、また同時にこの戦いが勝利に終わることを祈る。
ビゼルとの戦い、一筋縄ではいかないだろう――そうした中で俺とソフィアはクロワと共に戦う。俺達が帰ることができるかどうか……その辺りもこの戦いによって決まることになりそうだ。
「……それじゃあ、いくか」
俺はソフィアへ告げると歩み始める。彼女は「はい」と短く答えた後、俺の横を歩き始めた。




