戦いの要求
「ふむ、ルオンさんの言うとおり、二人のことを知る者でも、実力を目の当たりにすれば色々と考えてしまう者も出てくるだろう」
エーメルは俺達へ言う……とはいえ、表情から笑みは消えないので、戦いたいという考えは変わっていないな。よって俺は答える。
「その表情だと、戦いたいみたいだけど……俺やソフィアは元の世界に帰りたい。で、こちらとしては魔族に対し敵意がないことを示すため、できる限りおとなしくしておきたい。目立つと帰還が遠くなる可能性もあるから。万が一危険視して追い出されたら、どうしようもなくなるし」
「そうだな……うんうん、そちらが言っているのは納得がいく」
「なら――」
「でも私としては一度くらいは剣を交わしたい」
率直な言葉だった。うんまあ、戦闘のことになると目の色が変わる以上、どう頑張っても説得は無理だろうな。
「……ソフィア」
「この様子だと、はいと了承するまで要求し続けるのではありませんか?」
「よくわかっているじゃないか」
笑い声を上げながらエーメルが言う。なんというか……一度決めたら絶対に動かない感じだな。
「……先に言っておくけど、不利益になるような形で絶対に受けるつもりはない。というか、戦いが終わってからではダメなのか?」
「仮にクロワが魔王になったとしよう。そうなったらこちらが要求しようとも絶対に元の世界へ帰るだろう?」
うん、確かに。
「それに、ビゼルとの戦いが始まればそんな余裕もなくなる……ヤツに勝利すれば情勢はさらに流動的になる。落ち着く暇もなくなるだろう」
「つまり、こうやって腰を落ち着かせて決闘するには、今しかないって言いたいのか」
「正解だ。というわけでヨロシク」
そんな簡単に言われても……。
「あー、わかったよ。なら戦いの要求を飲んでくれたら、二人に何か礼を用意する」
「礼って……例えば?」
「そっちの要求に従う。もし何も浮かばなければ、貸し一つってことにすればいい」
……彼女の様子だとこういう時に生じた貸しとかは絶対従いそうだし、信用面的な意味合いとしては大丈夫って感じはする。まあ別に忘れてしまってもいいけど。たぶんもらっても使わないし。
ここで勝負を受けて彼女を満足させておけば、クロワと協力する際もすんなり話が進みそうな気はするよな……クロワのためにここは一肌脱ぐか。
「そうだな……ならこちらとしては絶対に外部に漏れないような処置がほしい」
「ではどうする?」
「クロワに一度相談してみるから、それまで待っていてくれないか? もし難しそうなら、さらに相談させてもらう」
「いいぞ。アイツもビゼルとの戦いでどうするか悩んでいるみたいだし、時間はありそうだからな」
その顔は俺達と勝負するまでてこでも動かないぞ、といった雰囲気。どうやら難題がまた一つ生まれてしまったようだった。
俺はエーメルの要求を引っさげてクロワがいる執務室へと足を運ぶ。こちらとしては難色を示すかと思ったが、
「ああ、いいぞ」
頭を抱えて悩むクロワはあっさりと了承した。
「ついでにアイツの鼻っ柱をへし折ってくれるとありがたい」
「……怒りがにじみ出ているぞ」
「当然だと思わないか?」
そう言ったところでクロワは大きくため息をついた。
「予定外のことが多すぎる……これは僕の落ち度でもあるので、仕方がないけれど」
「ちなみにどう戦うつもりなんだ?」
「作戦としてはルオンさん達の力を借りる他ないと思う……そこからは半ば運だ。もしエーメルと合流できなければそこで終わり……そしてビゼルはこちらの目論見くらいはすぐに察するだろう」
「つまり、合流するまでが大変ってことか」
「そうだ。しかもこちらは合流すれば勝ちなどという話でもない。これでまだ半分だ」
そこでクロワはもう一度ため息。
「仮に奇襲できたとしても方針自体は変わらないが……ビゼルの警戒度が高くなるだけでもヤツを倒す難易度が跳ね上がる。元々薄氷の上を歩くような危険な勝負だったが、その氷がさらにもろくなってしまった」
「……なるほど、な」
「よってルオンさん達の立ち回りで状況は大きく変わる……というか付け入るところはそこしかないと言うべきか」
――彼の表情から、俺達にこうした重荷を背負わせることを申し訳ないと思っている様子。
「そっちの言いたいことはわかる」
だから俺は言葉を選びつつ返答。
「けどまあ、こき使ってくれればいいさ。俺とソフィアはそれなりに修羅場もくぐっているし、今回の戦いはずいぶんと楽な方だ」
「そう言ってもらえるとありがたいし、また心強いな……どちらにせよ時間制限がある様子だから、できるだけ近いうちに仕掛けることになる。そこは了承しておいてくれ」
「ああ、わかった。それで、勝負の一件はどうするんだ?」
「この城の地下に訓練場がある。地下なのであんまり派手に立ち回ってもらうのは厳しいが、剣術とかのやりとりならできるだろう。そこを一時的に封鎖し、なおかつ魔力障壁で魔力を漏らさないようにすれば、ルオンさん達の懸念も払拭できるだろう」
ああ、なるほど。それならよさそうだな。
「で、エーメルを少しばかり懲らしめてもらえるとありがたい」
「それはビゼルとの戦いに関係はないよな?」
「そうだな」
鬱憤が溜まっている様子……無理もないけど。
ふむ、とりあえず段取りはできそうだな。俺達は普通に勝負をして……ただエーメルは全力勝負を望んでいるんだよな。さて、どうすべきか――
「……あ、そうだ」
「ルオンさん? どうした?」
「いや、今回の件で一つ思いついた」
俺はクロワへと話し始める。
「ビゼルとの戦い、エーメルと合流できるまでが勝負……ただそこについて、エーメルのやる気とかも関係しているだろ?」
「そうだな……特に彼女の身辺にいる魔族はエーメルのやる気が上がればそれだけ奮戦するだろう」
「うん、彼女のモチベーションが上がれば、彼女達も奮戦し、戦いも少しは楽になるだろ」
「……何をするんだ?」
クロワの問いに俺は笑みを浮かべ、
「そんな大した話ではないさ……とりあえずこの決闘を利用して、彼女にもっとやる気を出してもらおう……そういう策を思いついただけの話だ」
クロワは気になったのかこちらに視線を向けるが、俺は何も言わず彼へと提案する。
「ひとまずクロワが言ったとおり、地下の訓練場を開けてくれ。で、俺が考えた通りに動いてみる」
「……わかった。ならルオンさんに任せよう」
クロワは俺の提案に乗る形。そこで俺は「任せてくれ」と、少しばかり自信を交えて答える。
「で、クロワ……再度確認だけど、ビゼルとの戦いはこの流れに沿ってやるんだな?」
「ああ。どうやらそれしか手はなさそうだからな……とはいえ、これはかなりの大博打だ」
「なら絶対に成功させないといけないな……で、それには俺やソフィア、エーメルの活躍が重要だと」
「ああ」
頷くクロワ。悩んだ末の彼の表情は……不安もある様子だが、穏やかなものだった。
「それでは、訓練場のことをゼムンに伝えよう……そこで僕の考えをエーメルに伝え、ここでの作戦会議は終わりだ」
「クロワにとっては災難だったな」
「まったくだよ……では、一度戻っていてくれ」
クロワは部屋を出て行く。考え事をしていて体が固くなったのか、彼は伸びをしながら部屋を後にした。
「……さて、上手くいくかな」
俺はどういう策なのかを一度頭の中で整理してから、部屋を出る――そこで思う。エーメルのことを考慮すれば、ビゼルとの戦いは既に始まっているのだと。




