隠れ家
俺達について一通りクロワが説明した後、ゼムンは唸り始めた。
「なるほど、魔王を……ルオン殿達の事情とアンジェ様の予言能力……その二つがあれば、こちらとしても信用できます」
意外に好意的な評価。けれどゼムンに話には続きが。
「ただ、隠れ家へ入る前に他の者達へ事情を説明せねばなりません」
「他の者は二人を信用できないか?」
「いえ、クロワ様のご判断ならばそれに従うのが家臣……ですが、ルオン殿達のことについて認知しておかなければ、無用な混乱を招くことになるでしょう」
――とりあえず、門前払いって雰囲気ではなさそうだ。
「私は一度戻り、話をして参ります」
「――もし隠れ家に受け入れることができないってことになったら、どうする?」
こちらからの質問。それに答えたのはクロワ。
「僕の権限でどうにかしよう」
「いや、俺達のことが信用できないって話なわけだろ? クロワが例え命令したとしても、疑念は払拭されなければ――」
「そこは大丈夫だ」
そんな返答……まあ、彼が言う以上信用するしかないか。
「時間は、そう必要としません」
ゼムンがクロワへ告げる。
「ここで少々お待ちください」
ゼムンはさっと手を上げた。それに反応したのは、上空を旋回していた悪魔。突如飛来し、その巨体が着地したことで川岸の水が飛び跳ねた。
それにゼムンは乗る……この場合騎乗とは言わないよな、などとどうでもいいことを考えていると悪魔が飛翔。あっという間に視界から見えなくなった。
「ゼムンに任せておけば大丈夫だ」
……信頼しているみたいだけど、果たしてどうなのか。やっぱり相手が魔族だとどうにも信用に置けない……というか俺達がやったことを踏まえれば、どうしても警戒してしまうな。
ともあれ、ここは待つしかなさそうだ……そういうわけで俺達は川岸でしばし待機することとなった。
時間にして、たぶん三十分くらいだろうか……上空に悪魔の姿が見え、ゆっくりとこちらへ降り立った。
「……最初ゼムンだけが飛び降りたのは、理由があるのか?」
なんとなく問い掛けてみると、ゼムンは真面目な顔で、
「見知らぬ方々……あなた方がいたので、悪魔が少々気が立ってしまったのです。けれど時間が経って大丈夫となりました」
ああ、うん。確かにそれで襲われるのは嫌だな。
「クロワ様、話は通しておきましたのでもう問題はありません」
「わかった。ルオンさん、ソフィアさん、行こうか」
「ああ」
で、ここから移動手段は悪魔らしい……まさか魔族の生み出した悪魔の背に乗る日が来るとは想像もしていなかったぞ。
飛翔し、俺達は上空から魔界の情景を眺めることができた……遠くに崩壊したクロワの城や町が見える……加え、東の遠方にどうやら町がある。
「本当に、言われなければここが魔界だとは想像もつかないですね」
ソフィアが感想を述べる。俺も同意し深々と頷いた。
クロワが語ったこの魔界の生まれた経緯を踏まえれば俺達が住む世界とそう変わりがないというのは理解できるのだが……改めて思うのは、魔族が暮らすこの場所では、どうやら人間が暮らすような営みをしている、ということ。以前天界を訪れたことがあるけれど、天界はどちらかというと幻想的な場所であったが、魔界は俺達の世界に近い。
悪魔が進路を山へ向ける。山々も俺達が住む世界と変わらず、自然の雄大さがそこには存在していた。
やがて、悪魔が山の中腹で降り立つ。そこには魔族が数名、出迎えなのか待っていた。
「クロワ様、ご無事でなによりです」
「ああ」
先頭に立つ魔族が声を上げ、クロワが応答する……赤い髪かつ、眼鏡を掛けた紳士っぽい魔族。キザっぽくない柔和な笑みを浮かべる彼は、俺とソフィアを一瞥すると慇懃な礼を示した。
「お話、伺っております。そちらは大陸を襲撃した我ら魔族に思うところもあるでしょうが……私達はその武勇を評価し、また協力していただいたことを大変感謝しております」
「……俺達は早く魔界から脱しなければならない。そのためにクロワと協力した方がいいと解釈し、こうして手を組んだ。少なくとも俺達に敵意はないけど……信用してもらえるのか?」
「無論です」
力強い返事だった。なんとなく魔族だから裏があるのではとか思ってしまうのだが……うーん、こっちが疑心暗鬼になっているな。
というか魔族側が俺達の協力に感謝しているとしたら、変に疑り深い俺達の方がなんだか申し訳ないというか――
「現在、全面的に信用するのは無理だろう」
ふいにクロワが口を開く。
「激しい戦いを魔王と繰り広げたんだ。警戒するのはむしろ当然であり、こちらはそれを理解している」
「信頼関係を築くのはこれから……と言いたいのか?」
「そうだ。もし危害を加えるような者がいたら言ってくれ。即座に対応しよう」
「……わかった」
俺は了承し、ソフィアも小さく頷いた。
その後、俺達は山肌に沿って移動をし、洞窟へ入った。中は石造りの迷宮で、明かりは存在するため歩くには不便もない。
通路を抜けると広い空間へ出た。そこでは魔族……といっても見た目人間と変わらぬ姿の面々が出迎え、全員が一様にクロワへ礼を示した。人数は、二十人くらいか。
「……出迎えご苦労。そしてこのような事態に陥ってしまったこと、申し訳なく思う」
クロワが語る……魔族達は直立し、クロワの言葉を聞き入っている。
「だが、ここから……反撃を始める。全員、その旨を心に刻み、準備を進めてくれ」
魔族達は一斉に同意の声を上げ、動き始めた……士気は高そうだな。
「クロワ、あの場にいた魔族で全部なのか?」
問い掛けに彼は頷いた。
「作業をしている者もいるだろうが、ここにいるのはゼムン達を含めて三十名程度だ」
「それで反撃か……」
「僕達の戦いに人数は必要がない……それに数はしもべで補える」
しもべ……悪魔のことか。
ああいった悪魔を生成できるのならば、確かに数の上では問題にならない……ただそれは敵にも同じ事が言えるし、結局少数であることに変わりはない。
その穴をどう埋めるのか……。
「ゼムン、フォシア、早速会議に入ろう」
クロワが呼び掛ける。フォシア――赤髪の魔族が「はい」と同意し、
「部屋は用意してあります。ルオン様達も一緒に」
「ああ」
その足で洞窟奥へ。通された部屋も無骨な石造りの部屋で、息が詰まるくらいなのは仕方がないか。
中央には木製のテーブルが一つ。そこにフォシアが地図を置き、俺達はそれを囲むようにして立った。次いでゼムンが口を開く。
「では、始めましょうか……クロワ様、戦いがどうなっているのか把握されていますか?」
「まずはその説明からと思っていた」
「では解説致します……ただその前に、ルオン様達にここまでの状況を説明する必要がありますね」
「どういう経緯で戦いが起こったのかは把握しているから、先に進めてもらって構わないけど」
「そうですか……ならば、よろしいですか?」
ゼムンの問い掛けにこちらが頷くと、
「では、現状説明からですね……クロワ様、城と城下町以外に現在のところ被害は出ておりません。ただし、危機が迫っています」
「僕達が生存していることを把握し、トドメを刺しに来るのか?」
「相手は城を襲撃した者ではありません。襲撃者は……既に迫り来る魔族によって敗北しておりますので」
つまり、城や町を破壊した以上の敵が迫っている、と。
「それでは説明致します……心してお聞きください――」




