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賢者の剣  作者: 陽山純樹
天使の箱船

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全てを賭して

 ロスタルドに注いでいた魔法が途切れ、その姿を確認する。ダメージは間違いなくあるはずだが、それでも見た目的に変化はない。

 ディーチェが一時的に戦線離脱という絶好のチャンスを逃し、ロスタルドは沈黙する。ここまで戦いを優位に進めてきた。俺とソフィアの融合魔法もそう遠くないうちに完成する。


 それはロスタルドもわかっているはずであり……徐々に追い詰められつつある状況。さて、彼はどういう手を打ってくるのか。


「ここまでは、予定通りか?」


 ロスタルドが問い掛ける。しかしこちらは誰も答えない。


「いや、予定外のこともあったはず……だが俺は概ね、お前達の想定内の動きしかしていないというわけだ」

「だとしたら、どうするの?」


 挑発的なアンヴェレートの問い掛け。しかしロスタルドは表情一つ変えず、


「なら選択肢は、一つだろうな」


 一歩……彼は後退した。


「アンヴェレート、お前……わかっているな?」

「何を?」

「お前がどれだけ予測しようとも……いや、どれだけ人間共が抵抗しようとも、こればかりはどうしようもないと」


 ――その言葉を聞いて、次に何をやるのか理解できた。


 一言で言えば、広範囲攻撃――なのだが、それはアンヴェレートが防いでいるため意味はないはず。

 だが、彼女自身戦う前に語っていた……それこそ、ロスタルドが力の全てを利用し放つのであれば、話は別だと。


「時間稼ぎにしろ、こういう結末になるとわかっているはずだ」

「……まあ、あなたの言いたいことはわかるわよ」


 肩をすくめるアンヴェレート。


「でも、私がこうやって悠然と構えていることが、答えにならないかしら?」

「覚悟は、あるというわけだな」

「わかりきっていることを聞いてどうするの?」


 あくまで余裕の表情――もしロスタルドが全てを賭して放ったのであれば、それに対抗できる策があると彼女は語っていた。

 だが……俺は予感がした。もしやそれは――


「いいだろう……人間共、お前達は相当健闘した。褒め称えてやってもいい」

「嬉しくはないな」


 アルトが応じる。それにロスタルドは――笑った。

 それは、ひどく優しいものであり……まるで動物を愛でるような、


「ありがたく受け取っておけ」


 刹那、闇が膨れあがる。この戦いの中で幾度も見た光景であるため、エイナ達もさしたる反応を示さない。

 だが、変化は次の瞬間訪れる。ロスタルドの周囲にある闇が再度体を包んで魔神と化す。そればかりではない。それこそこの広間の魔力と一体化するような――


『この広間に存在していた魔力の大半は、お前達の切り札を潰すことにあった』


 ロスタルドは言う。


『先の戦いを踏まえれば、圧倒的な力による制圧……そうした魔法をくみ上げてくる可能性を考えて、な』

「予測しておきながら意味を成さなくなったのは、あなたにとって致命的じゃないかしら」


 アンヴェレートは笑みを作り、そして魔力収束を行いながら応じる。


「だってもう、あなたにはルオンさん達の魔法を防ぐ手立てはないのよ?」

『アンヴェレート、お前を潰せばそんな必要もなくなる』

「なるほど、絶妙なバランスで対抗する中、私がいなくなればルオンさんの味方を一蹴できると考えているわけね」

『その通りだ』


 実際、それは真実……ただアンヴェレートは笑みを崩さない。


「甘いわね……それがどれだけ見立ての甘い話なのか、今教えてあげるわ」

『――本当に、やるのだな?』


 ロスタルドが問う。それが何を意味しているのか俺には理解でき、


「アンヴェレート――」

「心配しないで、ルオンさん」


 そう告げた彼女は、こちらを一瞥した瞬間、優しい笑顔を投げかけた。

 今まで見たことのない、一点の曇りもない、漆黒の顔であってもわかる美麗な笑み。


「この戦いは私達の勝利で終わる……見ていなさい」

『なら、証明してみせろ』


 広間の闇がうごめく。足下はアンヴェレートが防いでいるみたいだが、前後左右、さらに上まで闇が徐々に浸食していく。

 おそらくどこかのタイミングでそれらが一挙に俺達へ押し寄せる――いや、少し違う。


『勝負だ、アンヴェレート』

「今度こそ、勝たせてもらうわ」


 宣戦布告。同時、闇が爆ぜ飛来する――いや、そんなレベルではない。

 一瞬で視界の全てが黒に塗りつぶされる。しかしアンヴェレートが構築した魔力障壁が闇を阻み、外側で荒れ狂う。


 エイナ達は無事なのか……そう思った直後、ガルクが言った。


『仲間はアンヴェレートの障壁によって守られているな』

「おそらく、この攻撃が終わった後に備えろってことだな」

「ルオン様、もしや……」


 ソフィアが呟く。彼女も同じことを考えていたらしい。


「ああ……たぶん、そういうことだ」


 ――俺や仲間を守るために、ロスタルドの全力に対し彼女は魔力障壁を俺達や仲間に構成した。そして彼女自身闇に対抗するために魔法を……放ったとは思う。

 けれど、仲間を守りながらロスタルドの全力に対応しきれるかと言われると、疑問に残ってしまう。元々彼女とロスタルドとでは差があった。以前の戦いでそれは実証されている。


 ならば、なぜこんな無謀なことをしたのか――答えは、一つだった。


『そういうこと、か』


 ガルクもまた理解した様子。


『おそらく彼女は、この絵図を最初から描いていたな』

「ああ……だから戦いの前表情がどこか硬かった。当然だな。なぜなら――」


 荒れ狂う闇が次第に弱まっていく。魔力障壁の内側は極めて平穏で、破られる気配はない。


「――この策は、文字通り全てを投げ出しているから」

「この障壁、途轍もない力ですよね」


 ソフィアがじっと正面を見据え、呟く。


「あるいは、こうなることを予見しロスタルドにも壊せない障壁を考案した、ということでしょうか……」

「そうとしか考えられないな」


 俺の返答にソフィアは口をつぐむ。


 そして、


『……愚か、としか言いようがないな』


 ロスタルドが視界に入る。姿は変わらず魔神のまま。


『全てを犠牲にして人間を守り……悔いはないのか?』


 闇が晴れ、アンヴェレートも姿が見える。彼女は、


「悔い? 無いと言えば嘘になるわね」


 ――仲間を守るために自身を犠牲にして、ボロボロになっていた。


「けれど、別に構わない。元より一度は全てを捨てた身。あんたを倒せるなら、本望よ」

『戦いはまだ終わっていない。お前が消えたら負けは確定だぞ?』

「そうは思わないわね……そもそも、これで私は勝ちを確信した」

『何だと?』


 どこまでも余裕の表情を見せるアンヴェレートにロスタルドは訝しげな声。


『どういう理屈でそう言うのだ、お前は』

「広間の魔力をほぼはがした。最大の障害は消えたわ」


 その通り、広間に存在していたロスタルドの魔力は、先ほどの攻撃によってほぼ使われていた。


「私の目的は、これを排除すること……といっても、ルオンさんにも言ってなかったけどね」


 ――それはおそらく、自らを犠牲にする策だから。それをこちらに話せば、反対されるとでも思ったのかもしれない。


「ここさえクリアできれば、私はどうなろうが関係ないのよ」


 そして彼女は、俺に向けて笑う。


「ルオンさん、私は少し疲れたから寝ているわ。あとはよろしく」

「……ああ」


 返事の直後、彼女は倒れた。けれどその顔は、充足感に満ちている。


『まあいい、これでこちらの懸念は取り除かれた』

「いや、そうでもないさ」


 俺は確信を伴い、ロスタルドへ言う。


「終わりだ……ロスタルド」

『その言葉、そっくりそのまま返そう』


 始まる――そしてこれが、最後の攻防になると俺は確信した。


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